君はトランキライザー

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―――アキナさんと私の修行は、基本的な戦闘の技術、そして多くの知識を私に教えてくれた。勿論、ヘタレ鬼畜の彼は、念を獲得するまで多くの時間を得た私にずっと付き合ってくれる程、教育熱心だった。この修行の中で師から殺されかけそうになったことは、何度あったのだろうか。その時は既に半泣きで逃げていたのだが。


―――そうして、彼の元で修行を始めて、六だった私の年齢も十五という年頃になっていた。

体格の大きさから考えると、生みの親、ユリカさんと大差ないことに気付いたのは最近のことだけども。
六という早い年齢で親の元から離れた私の元には、一カ月に一回、両親からの手紙が与えられている。修行に関しては鬼と化すアキナさんは、家族との時間を大切にして欲しいという主義らしく。今の今まで手紙のやり取りを許してくれた彼は、酷く優しく温かい人間なのだろう。
それでいて、私を見る彼の瞳はまるで本当の家族のようなものだと気付いたのは、彼の弟子入りを果たして半年の頃だった。
ミズケンの話だと彼が私を弟子として向かい入れたのは、初めてのことだという。
――彼は昔、家族を殺された経験があるらしく、それ以来、人を受け入れることを極度に恐れる傾向があったらしい。



「――アイツは、本当に優しすぎる人間だったから。二つ星ハンターになってから、だったか…家族が強盗に襲われて殺されたのは…。それ以来、目的を無くしたかのように、数年ほど、姿を消したあいつを心配していた俺の元に再び、戻ってきた時、弟子のお前が居たって訳。だから、あいつにとってエミは立ち直る切っ掛けを与えた、光なんだと思う。」


無償髭を生やし、私を見て微笑んだミズケンさんの言葉は精神年齢三十代の私にとって驚きを与えるものだったけども。そんな彼の言葉に、漸く彼が私に向けるあの温かい優しい視線が何を意味しているのか、理解できた私はアキナさんが街へ下りている時に話してくれた彼の親友であるミズケンさんに小さく礼を述べたのである。
ヘタレ鬼畜とあだ名をつけている私の秘密に気付いていたミズケンさんは、その言葉に酷く納得していたけども。


―――そうして、十五という年齢で彼の修行のプロセスを全てクリアした瞬間の己の解放感は凄まじいものだった。一人前と認めてくれた私の頭を撫でてくれたアキナさんの天然ぶりは酷く照れてしまう要素を含んでいたけども。

「――エミ、僕はこれから…ある島で会う約束をしている人がいるんだけど…一緒に着いてきてくれるかい?」

―――その言葉を言われたのは、肌寒い空気を感じる十五の冬。ミズケンさんが作ってくれた猪の肉の入ったスープを食べていた私を見つめ、問いかけてきたアキナさんの表情は相変わらず笑顔を保っていて。へ、と首を傾げた私は咀嚼していた肉を飲み込んだ。

「――人……ですか?」

「うん。明日には、ここを発たないといけないけど、エミが良いのなら、一緒に来てくれないかい?一週間だけ、そこに滞在しないといけないんだけど…それが終わったら、キミは自由にこの世界を生きていいよ。」

―――相変わらず、人に気を遣うヘタレ鬼畜のようだ。思わず内心呟いた言葉を己の中で反復させた私は、申し訳なさそうに自分を見る彼を見つめた。

「――何、遠慮しているんですか。アキナさん。――あなたの無茶ぶりは、弟子入りした瞬間から私が嫌って程、知っています。」
「――だから、僕はエミに無理強いはしないって言ったじゃないか…。聞いていたのかい?」

相変わらずのヘタレ振りを出すアキナさんの金色の瞳を見つめた私は、優柔不断な彼の言葉に苛立ちが募るのを覚えた。――こいつ、この私を殺そうとした戦いの勢いをどこにやったんだ。

「あーっ!もう、ウジウジしないで下さい!今、私が貴方とは師弟という関係ではありません。でもアキナさんは、私にとって大切な家族ですっ!家族が一緒にいる理由なんて、他にあるんですか?」

そうだ、この九年間。私はこの人とこの世界の両親よりも多くの時間を過ごしていた。
彼の性格も人間性も、既に理解しているし、何より大好きなのだ。そんな彼の傍に一緒にいることに理由など必要なのだろうか。

驚きの表情で私を見ていたアキナさんは、一瞬だけ酷く泣きそうな顔を浮かべて。ありがとう、そう声を溢したアキナさんを見ていた私は、よろしい。と言葉を返しながら笑みを浮かべた。


つくづく、思う。私の師は酷く強い人だというのに、これほど不器用な人間だと言うことに。それでも、きっと…一人だと彷徨っていた彼を救うことができるというのなら、弟子としては褒めてほしいものだと思う。そんなことを考えていた私は、用意された食事を喉の奥へと流し込み、立ち上がる。
修行を始める前に、多く山盛りされた洗濯物を干すために。



そうして数日後、九年余りお世話になったミズケンさんの元を去る時の私の荷物はリュック一つのみで。立ち去り際、ミズケンさんから与えられた私用の携帯電話には驚いてしまったけども。プレゼントだ、と頬を赤く染め、そっぽを向いた彼の動作に思わず笑みが零れるのを感じてしまった私は、携帯の中に入っている二つの連作先に小さな笑みを溢した。


旅立ちの唄





(――船に乗り込み、島へと向かうと話してくれた彼が零した島の名前に私が卒倒しそうになるのは、遠くない話である。)
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