君はトランキライザー

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「―――その6、【癒しの音】」


腹部に刺さったままのナイフを抜き取ったと同時に発動した念能力は、止血と傷口を塞ぎこんでいて。――咄嗟に手首にリングの形状に保っていた己のオーラを一つの型にした私は頭上から振りそそいでくる鉄の塊を見上げ、呟いた。


「―――その1、『切り裂く刃』」


瞬間、身長より大きめの薙刀が視界に現れた瞬間、縦に切り裂いた鉄の塊は見事に真っ二つとなっていて。
驚きの表情を浮かべるスレムを見たまま、地面へと薙刀を突き刺した私は柄の先にあるサイコロへと指をつけた。


「―――どうしたんですか。スレムさん。―――私の血は…雨のように簡単に降り注がないですよ。」


―――散々、やられてきたお返しだ。コンチクショウ。


サイコロを回転させたまま、男を見ていた私は鳴り止んだ音とともに声を発した。
目には目を、歯に歯を、



――――念には念を。





「―――その5、ポイズン」


念を具現化したまま、スレムの元へと駆け寄った私は振りそそいだ彼の刀を避け、薙刀を避けようと身体を反らした瞬間、掠った彼の頬にできた傷に目を細めた。
―――成功。



「―――ははは。掠っただけじゃないか、エミさん。―――何がしたいんだい?」



―――無駄だ。そう声を発そうとした彼が息をつめた瞬間、倒れこむのは仕方ないことで。膝をつき、嘔吐を繰り返す彼の状況の変化に目を見開く審判者の判定は私の掌を上げていて。
歓声が沸き起こる中、スレムを見下ろしていた私は、彼の身体から溢れる念に目を見開いた。



――――暗闇にあるような冷たいオーラ。


「―――毒を相手の体内に作り出す…とは。見事なものだね。―――でも、残念ながら俺の念に比べたら…まだまだだね。」


―――ああ、きつかった。



そう声を落とし、顔を上げたスレムの顔は先ほどの調子と変わらないもので。
衝撃を覚えていた己の前で立ち上がった彼を見ていた私は、差し出された紙を受け取った。



(――――部屋…の番号…?)


「―――後で来ればいいよ。俺の部屋だからね。キミが求めていたアキナの話…してやるよ。」





にこりと。笑みを零したスレムの言葉と違和感を覚えたまま私は小さく頷いた。









――――――――――――――




スレムと名乗った男は今、200階クラスにいるらしい。自分と同じ部屋へと招き入れた男の部屋は綺麗に整理されているようで。
ソファーへと座った緋色の髪の男は漆黒の瞳を私に向けたまま、声を落とした。




アキナ師範と出会ったこと、彼の初めての弟子は彼―――スレムであること、



簡潔に話すスレムの言葉を聞いていた私は、脳裏に浮かんだ疑問に首を傾げた。
とはいえ、メンチさんが言っていたあの噂は何だったのだろう。



「―――俺が死んだ…って噂が流れているの、お前知っているか?」
「……ッ!」


私が考えていたことを、口にしたスレムの言動に視線を向けた己の行動が容易に分かっていたのか。
口角を上げた彼の笑みは、酷く歪んでいた。



「―――あれ、本当の話をするとな。あの男、確かに殺したんだよ。

俺の存在をそのまま映した一般の人間をさ」




――――ちなみに、俺の念は…己の記憶を他人に植えつけられることができるからな。







――――人を殺すことは、簡単なものではない。弟子を殺した、そんな過去を持つ彼を落とすためにそのような念を使ったと声を発したスレムの顔は酷く嬉しそうに笑っていて。


滅多に怒らない己の感情が高ぶるのを感じた私は目の前の男を睨みつけた。
この男………ッ




「―――あんた、最悪ね…ッ!!アキナ師範が、あんたのことを…どれだけ後悔していたのか…分かっているのッ!?」



酷く不器用で優しくて、ヘタレで鬼畜で。
それでも尚、人を大切にする師の優しさを利用したこの男の発言に、感情を必死に抑えていた私の視界に入ったのは高笑いするスレムの姿で。
腹を抱えて笑った彼の行動を睨みつけていた私は、向けられた漆黒の瞳に目を見開いた。






彼の瞳には、何も映っていなかったのだ。









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