全てが優しい世界に満ちて
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「―――北村、ちょっといい?」
―――業務に集中していた己に声をかけた存在に視線を向けた俺は黒目を丸めた。
背中まで伸びている黒髪のロングを揺らし、己の傍に近寄ってきた一人の女性の姿に口元が歪むのを覚えた。
「−−−何。」
「何って…同じ職場の同期に向かって冷たいわね。まあ、言いわ。」
(−−−良いのかよ。)
「−−−吉井エミ。」
彼女から零された名前に思わず本を仕舞っていた己の手が静止する感覚を覚えて。
柔らかな茶髪を揺らし、微笑む彼女の横顔が脳裏に浮かぶ。
「−−−あんた、彼女の…友人なんでしょ?ちょっと、聞きたいことがあるんだけど。」
―――ちょっと、良い女とお茶しない?
彼女の言葉に静かに頷いた俺は、ゆっくりと立ち上がった。
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「−−−で、」
「ん〜。何よ。」
「−−−話って何だ?」
―――私服で出てこい、と。彼女の欲求を受け、勤務の場所から離れた喫茶店で待ちあわせをした俺達は向かい合わせになった状態でお茶をしていた。
他人から見た二人は美男美女のカップルと映っても可笑しくない様子だった。
―――勿論、気のせいなのだが。
「−−−せっかちね。北村ってイケメンなんだから、きちんと女性をリードしないと。」
「−−−−。」
―――柴崎麻子。彼女の視線を受け止めた俺は口を閉ざした。
「−−−吉井エミ。淀橋学園に入学後、看護師という資格を持ち、病院勤務に勤めながら卒業後、図書隊に入隊。
―――指令官勅命の元、タスクフォースの医療委員として勤務している22歳の女の子。」
「−−−ああ。」
「−−−でも、吉井さん。一つ不思議なことがあってさ。」
―――淀橋学園入学前の経歴が全くないのよね。
柴崎の指摘に目を細めた俺は彼女の視線を受け止めた。
「−−−ねえ、北村くん。」
「………」
「吉井さんってどんな人なの?」
――――高校1年の自分が初めて出会った少女。冬空の下、ごみ袋のある場所で埋まるように倒れていた彼女の腹部は血が滲んでいて。
この世界に絶望し、嗚咽を零した彼女の横顔から目を離すことができなかった。
生きてきた世界が違うような彼女の存在感は、己の中で巡り合うべき一つの運命だったような気がするからだ。
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