全てが優しい世界に満ちて

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―――肌を覆う冷たい空気を吸うたびに零れる白い霧を感じながら私は振り返った。
距離がある場所から見える光に舌打ちを零す。


「――――まだ、撒けませんね…」
「―――ッ、本当…ッ!」


柔らかな表情を浮かべる小牧教官と笹原の息が荒くなるのを冷静に見ていた私は、ふと橋の上を見上げた。


(――――あそこなら…気づかれない…)


「―――小牧教官、ひとまず私が撒くので…あそこに隠れてください!」

「―――ッ…吉井さん。何馬鹿なこと言ってるの。女の子を一人にしたら、俺が堂上に怒られるだろ?」

「――――そ…ですね。」


小田原以来、私につけられたあだ名はトラブルメイカーというもの。
そんな私が独断で行動することを堂上教官は目を光らしていて。
小牧教官の鋭い視線にうっと言葉を詰まらせた私は、良化隊の目が離れた隙に橋の真下の隙間へ飛び上がった。


「―――はあ…は…さすがに、早いね。」
「―――はい。これが私の売りですから」

荒く息を吐く二人の傍で静かにチャクラを練りこんでいた私は瞼を閉じた。

―――自分の周辺のチャクラの感覚の位置を確認し、声を発する。


「―――20人弱、ですかね…。良化隊は…」
「…ははッ。君がそう感じるのなら間違いはないかもね…。」

連絡を入れる笠原の傍で笑う小牧教官の笑みは変わらないままで。
その穏やかな笑みを感じながら私は口を閉ざした。


―――今回の仕事は。
予言の書と呼ばれた書物を図書隊に持って帰るという役割だった。
この予言の書は―――昔、SFものとして映画化されたらしく、本を狩る世界を描いた作品。
その描写が今の自分たちの世界と似ていることで、良化隊の取り締まりの枠内に嵌り、今は出回っていない貴重な本だ。


今回の仕事の件でその書物を受け取りに行っていた私たちの前に現れた良化隊の目的はただ一つ。


この本を―――奪いにきただけだ。



それからおとりになった図書隊の仲間を残し、走り去った私たちがここにいる理由だ。


「―――気づかれました…!」

足音に我に返った私は橋の隙間から道路に出ていく。
後ろで郁が着いてくるのを感じながら、足を速めていた私の耳元に届いた罵声。


「―――止まれ!止まらんと撃つぞ!」

(―――んなことできないでしょ…)

ここは市街地。
良化隊には発砲権は無いはずだ。

階段を駆け上った私は鳴り響いた銃声と苦痛の声を発した小牧教官の気配に目を見開いた。


「―――痛…」
「―――小牧教官!」

笠原の叫びに慌てて階段を駆け下りて、地面に倒れている彼の元に駆け寄る。
すぐに足元を見た私は、掠った銃痕に唇を噛みしめた。


(―――酷い…ッ)
普段は表に出ることがない感情が己の中にゆっくりと溢れ出す。
怒りと悲しみからか、震える体を叱咤し、頭を横に振った私は目を細め、良化隊を睨みつけた。


―――じわり、零れるチャクラを感じる私の隣で強い彼女の声が聞こえた。


「今、撃ったのは誰!?―――市街地は協定に定められた緩衝地帯でしょ!!

例え、良化隊でも発砲権は無いはずよ!!

ぶっとばしてやるから、前に出なさい!!!」

「―――郁…」

彼女の怒声は己が感じていた怒りを代弁した言葉。
思わず驚きの声があふれ出た私の肩を掴んだ掌。


「―――吉井さん、笠原さん!

言ってる場合じゃないから…!」


「―――でも…」


この場で一番冷静な小牧教官の言葉に、反論する笠原の手を掴む。
驚いた色を浮かべた彼女の顔を見上げながら、走り出す小牧教官の後に続いた。



「―――エミ…ッ」
「―――ありがとう。郁…」
「―――え。」

―――きっと、郁がいなかったら自分は。

「―――郁があいつらに怒鳴っていなかったら私が反対にあいつらのこと、殴り倒してたかもしれないから。」
「…は、はははー。吉井様…そんな怖いこと言わんで下さいなあー…」


私が本気で怒ったら怖いと分かったのか。
頬を引きつらせた郁の強張った笑みに思わず吹き出してしまった。





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