全てが優しい世界に満ちて

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「―――当麻先生の…身辺警護…?」


業務中の己に届いた伝言に立ち上がり、集合場所へと足を運んだ私は、向けられた言葉に目を丸めた。

敦賀原発で起きたテロ事件の手口が著書を参考にした疑いを持たれ、テロ特措法の拡大適用によりメディア良化委員会から著作活動の停止命令を受けそうになり、図書隊に保護されているらしい。

一度だけ読んだことのある本を書いている彼の姿は気弱で大人しい男性で。年老いたその顔を見ながら私は、瞳を細めた。


(―――検閲…か。あの人も来るのかな…)


己を襲い殺しにかかった未遂のあるギルという名の男。
北村と結婚してから―――彼からの連絡は途絶えた。あんなに、必要以上にかかった電話が切れたことに少しだけ不安を覚えていたのだが。


「―――それより、今日より当麻先生の身辺警護で一緒に働いてもらう人がもう一人いる。

―――入れ。」


稲峰館長が辞任して、新しく就任した彦江 光正司令の言葉とともに、開いた扉から入ってきた中性的な人物はゆっくりと瞳を細めた。


「―――初めまして。本日より、身辺警護として就かせていただきます。

火村ユコトと申します。」
「……あ」


己の視界に入ったその人の顔は、短く切りそろえられたストレートの黒髪を揺らしていて。
己たちをみるその黒の眼に不思議な既視感を覚えた己の顔に視線が集まる。

「何、北村。…知ってるの…?」
「あ、いや…。少し、知っている人に似てたから…」


―――己の脳裏に蘇った師匠の顔。
男性だが、その容姿は前の世界のシズネさんに少しだけ似ているのだ。


――――そんなこと、ありえないというのに。


「―――北村さんには、火村くんと同じように身辺警護に当たってもらう。

…まだ彼は日が浅いみたいだから、仲良くしてやってくれ」
「―――あ、はい」
「よろしくお願いしますね。」


穏やかに話す声は、やっぱり男性の低い声そのもので。―――それ以上に、彼からは普通の人間が持つチャクラを感じた。

この世界に来て、シズネさんに似ている人に会うなんて。人生、分からない。




―――――――――――――――



図書隊に匿ってても危ない―――。
その事実より、当麻先生の護衛は稲峰司令官の自宅で匿うことになった。


「―――当麻先生…。少し、眠られますか?」
「―――あ、そうですね…。少し、部屋で休んできます」


彼は――最初の時と比べたら少しずつ己たちに笑顔を見せることが多くなった。
検閲に自分は関係ない―――そう言った彼の表情はまだこの状況に疲れているようで。


気が向いた時に折るその折り紙を机に置いた私は、傍でコーヒーをすする火村に視線を向けた。


「―――…私、カミツレのお花の手入れをしてきます。…火村さんはここにいますか。」
「―――あ、そうだね…。俺も、手伝うよ。暇だし…」

キッチンの傍にある机で本を読む稲峰顧問の笑みに頷いた私は、窓から外へと出た。


図書隊の制服に身を包みながら、草を剥いていく私の傍で同じように屈む彼は小さく笑みを浮かべた。


「―――北村さん…。随分と、手際がいいね。」
「―――え、ああ。…随分と昔、散々やらされたんで身にしみてるんですよ…」
「ほお?…家族にお願いされたのかい?」
「んーー…ちょっと、違うんですけど。仕事でやらされていて。その時、お世話になっている方が木陰で私を見ながら笑っていましたね」



ナルトの世界で、下忍のころ――。
師匠として己を育ててくれた彼女は、その任務をやる私を見て苦笑しながら、見守っていた。
あの頃はただ彼女に追いつけるように必死で。


「―――その人が…大好きだったのか?」
「はい。私の人生の中で、大切な人でした。…火村さんは?どうして図書隊に入ったんですか?」


差し込む光に目を細めた私の隣で苦笑を浮かべた彼の笑みはやっぱりシズネさんに似ていて。

「俺も…同じような感じかなあ。…ずっと、大切だった人がここにいるって聞いて入ってきたんだ。

…俺にとって、一人しかいない家族で、…大切な繋がりでしたよ。」


「―――ッ」


愛おしさを声に乗せた彼の声とともに、己たちの間に風が吹いて―――。
思わず目をとした私の隣で肩を竦めた彼は額に浮かんだ汗を拭った。


「―――そろそろ…休憩しますか。…あんまり、日に当たったらまた気分が悪くなりますよ」
「――――ッ」


深い記憶の中で、泣きながら草をむしっていた己を見つめ笑った彼女の顔。


【―――もう、いいですよ。…修行、つけてあげるから…日にあたりすぎて気分悪くなって倒れるのは止めましょう?】



彼と身辺警護に当たってから―――どうしてこんなにシズネさんのことを思い出すのだろうか。
唇を噛みしめた私は、家の中に入る彼の後ろ姿を見ながら瞳を細めた。








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