君のためのうた

□Prologue
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窓から入り込む風は春の知らせを教えてくれる。それは当直明けの己も対外ではなく。
机に伏せたまま、意識を失っていた私は頭に触れた掌の感触にゆっくりと瞼を開ける。

「―――おい。起きろ。」
「……んううう…。」
「―――はあ。…さすがに今はきついか…」


枕代わりにしていた机がぎしりと音をたてる。その音を捉えながら、ゆっくりと視線を上げた私は髪の間から見せた女性の姿に嘆息した。


「―――綱手様……」



―――クリーム色の髪が風に揺れる中、こちらを見下ろした彼女の瞳は穏やかな色を宿しており。20代の容姿と整った美貌からは現在の年齢を推測することはできないだろう、と。そんな場違いなことを考えながら、ゆっくりと体を起こした私ははあ。と零れる欠伸をかみ殺した。



「―――随分とお疲れのようだなあ。」
「……うう…誰のせいだと思ってるんですかああ…」


彼女の楽しげな声に思わず悪態をついてしまうのは致し方ないだろう。
頭を振り、ぼんやりとする意識のまま彼女を横目で見つめた。



「―――どうされました?」
「―――うむ。ここ最近、お前にもよく働いて貰ったからな。代わりのものをよこしたからもう帰っても大丈夫だ。」
「―――代わり…ですか。誰ですか。」
「―――日比谷だ。」



脳裏に浮かぶ穏やかな笑顔に唇が緩む。
―――あの子も、若いのに大変だ。



「―――…残念ですが。」
「―――ん。何だ」
「―――お言葉に甘えます。」



ずるり、と。こけそうになった綱手様は呆れた表情を浮かべた。



「―――素直に甘えろ。バカ弟子。」









――――私の名は名無しのごんべい。
この木の葉隠れで忍びをしながら病院勤務をするくノ一だ。
そんな私は、不思議な経験がある。それは前世の記憶を持ちながら、この世界に生まれ変わった人間だということ。
勿論、この世界に生まれ変わって忍びになるまでは苦労もしたし、死ぬ思いも沢山した。
―――それでも尚、生きてこれたのはこの世界で己を育ててくれた二人の両親の存在と――。





「―――…疲れたあ…」



とぼとぼと帰る己の後頭部を突撃したものに「ひょえ!」と悲鳴が上がる。
一瞬視界が真っ暗になる前に聞こえてきたのは慌てた師の声。



「―――わるい!ごんべい!手が滑った!」
「―――ッ…綱手様!もうすこし、私の体を労わってください!」



病室の窓からおどけたように笑う綱手様の顔を見上げながら、ふう、と息を零した私は地面に転がった包みに手を伸ばした。
手の中に触れる温かな温もりを感じながら、笑みが零れる。





―――己を一人前に育ててくれた5代目火影であり師である綱手様の存在があったからだ。













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