見上げた空は青かった。

□16 追憶
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―――それは、難しいかもしれない。




でも、貴方だから任しても大丈夫だって思ったの。



――勝手なお願いかもしれない。


それでも、私がこの子に関われない分、貴方にはこの子を守ってほしいの。
貴方が抱えた傷を増やさないためにも、
この子が強く生きていけるように支えてあげて。


――きっと、それは貴方にとって



大切なものになるはずだから。







紙に書かれた文字は長い年月がたったのだと言いたげそうに色あせながらも、その人の言葉の存在をありのままに主張している。 
綺麗な字体で書かれている十行にも満たないその文字を眺めながら、目を細めた木村孝は小さく息を吐く。
一人きりのリビング。あんなにも狭く感じていたのに、一人になった瞬間に広く感じてしまうのは自分が年を取ってしまったからなのか。脳内に浮かんだエミの顔を思い浮かべながら、孝はゆっくりと立ち上がった。



「僕も昔と変わらずやんちゃだったけど…姉さんもそんなに変わらないよね」



テーブルに置かれたままの手紙を眺めながら、小さく苦笑した孝はゆっくりと窓に近づく。カーテンで閉ざされた窓を開け、顔を上げた孝の視界に柔らかい光が差し込む。それが、月の光だと気づいてはいたが、逸らすことをせず見つめた。



(…きっと分かっていたんだろうね。貴方はさ…)



馬鹿にみえて、意外としっかりしている人だったから。



小さく苦笑を零し、夜空を見上げていた孝は
手元に握ったままの自分の携帯を開き、液晶画面に視線を落とす。



現在の時刻を表したままの画面が、非通知へと文字を変化させていく様子を眺めながら、通話ボタンを押す。
ゆっくりと耳へと近づいていく中、最後に孝の視界に映ったのはいつまでも姿を変化させない満月と優しく笑っている姉の幻影だった。






16   追憶









「エミー、どうしたんだ?」



空中から舞い降りてくるテープや紙吹雪が視界に入り込む中、己の携帯に視線を落としていた私は肩に抱きつき、自分の顔色を窺う翼の存在に気づき、慌てて携帯をポケットにしまう。
そんな私の行動に不思議そうな表情を浮かべ、首を傾げた彼は再び口を開いた。



「どうした?急に挙動不審になってよ。もうすぐでパレードが終わるから、そろそろ行こうぜ」



眼下でパレードを眺めながら騒ぎを起こしていた学生の人数も少しずつであるが、減っている。そろそろ楽しい学園祭も明日の後夜祭で締めくくられるのだろう。だが、その前にある閉会式には遅れてしまったら後が恐ろしい。
私より少し背が高めの翼を見上げながら、同意を示す。





「うん、そうだね。行こうか」



頷き、歩き始めた己の掌に触れた翼の掌を握り締めながら、歩いていた私は恥ずかしさから赤くなる頬を隠すように見上げていた視線を逸らし、前へと向ける。
そんな私の照れに気づいたのか、小さく笑った翼の笑い声が響くと共に手を握り締めている力が強くなるのを感じた。









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