見上げた空は青かった。
□22 アリス紛失事件B
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「――ねえ、孝。約束してくれる?」
暗闇が包む世界で静かに聞こえてきた落ち着いた姉の声。耳障りな雑音と身体を包んだ柔らかい風の中に在った、微かに聞こえる肉親の声を聞き取りながら、ただ俺は胸の中で小さな命の灯火を強く見せる姪を必死に抱くことしか出来なくて。込み上げる強い感情を抑えながら、顔を上げた俺は頬に触れた柔らかな茶髪の感覚を感じた。
「――これは私にとって、良い選択なのか分からない。だけど、不思議なほど“後悔”という感情を抱いていないのはきっと、私自身にとってこれが答えだったんだと思うの。」
だから―――。孝、最初で最後の我が儘、聞いてよね。
「――っんな…」
小さく零した声と同時に顔を上げた俺は、視界を覆う暗闇をにらみ返した。頬に流れる涙を拭わないまま、口を開く。
「――ふざけんな、姉さんっ!。」
何が最初の我が儘だ、何が俺のためだ。
――――――何が…
後悔をしていないだ。
ただ込み上げる悔しさと悲しみの様々な感情が俺の声と言葉を紡ぎだしていて。
ゆっくりと深呼吸をして、口を開いた俺は
声を発する。
「――あんたが、やりたかったのはこんなことじゃない筈だ。アイツと一緒に暮らして当たり前な生活をしたかったはずなのに…っ。だけど…、俺はアンタの幸せの一部を取っちまった…。
だったら、俺は俺のやり方で…アイツと闘う…」
それが、俺と先生の約束なんだ。
呟いた言葉に暗闇の視界の中で姉の小さな笑い声が聞こえた気がして、振り返った俺は視界を覆った眩しい光に目を閉じる。
急降下するような感覚を覚えた瞬間、脳裏で最後、俺に向かって笑った姉の笑みが見えた。
「――木村。意識は大丈夫か。」
身体に感じる振動と落ち着いた声の主にゆっくりと眼を開ける。視界の先で、安堵した表情を浮かべる整った顔立ちをした先輩の姿に起き上がった。
「――全く、中々目を覚まさないから驚いた。――無事、彼には届けることができたのか?」
「――大丈夫です。何とか。それより、無理を聞いてもらって本当にすみませんでした。」
俺は大丈夫なんで。先輩は休んでいて下さい。
そう呟き、立ち上がった俺は地面で寝ている女性とスーツ姿の男に視線を落とす。
あどけない寝顔を見せる同期の彼女の寝顔を見ながら、見張りを続けていた男の傍へと近寄った俺は、小さく息を吐いた。
(――あんな夢を見るなんて…俺も余程疲れたのだろうか…)
己を静かに見送ったエミの相棒であるユズの黒曜石のような瞳が昔の記憶を何故か掘り返して。脳裏に蘇った姪の姿を思い浮かべていた孝はポケットに手を入れる。指先に触れた小さな手紙の感覚に、微笑を浮かべた。
21 アリス紛失事件B
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