見上げた空は青かった。

□23 アリス紛失事件C
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「――まず、お前に対し秘密にしていた孝の過去を話す前に、俺のことを話したいと思う。」



そう呟いたユズを見上げながら、小さく頷いた私は口を開いた彼を見つめる。



「――俺は、動物として初めてアリスという力を持つ中で、人間に変化し、生活することができる『擬人化のアリス』というものをもつ一人だった。まあ、主に『犬』にしか変化したことがないんだけどな。」




「――擬人化、のアリス…」




それってそのままじゃない?
そんなことを呟いた私を見ながら、『馬鹿、違う』と呆れ顔を浮かべた彼は言葉を続ける。




「――今、お前が頭に浮かべているのは『萌え〜☆』的なものだろうが、全く異なる。それは、アニメの世界のものであって俺が言ったのとは違う。


『擬人化』とは主に、人間とは異なる存在をまるで人間の性質や特徴の一部として表していることをいう。――つまり、私のこの姿も所詮人間ではない別のものとして表していることを踏まえ、私は『擬人化のアリス』という名前を戴いたのだ。」






――――なんか言ってることよく分からないけど、もう擬人化でいいよ。


そんなことを呟きそうになった己の発言を抑えたエミは目の前に座る男を見上げた。




「――俺は、お前の母、木村雪江(きむら・ゆきえ)に、道端でのたれ死んでいるところを助けられた。――お前が赤ん坊の時だったな…」




―――覚えてないだろ?



そう問いかけるユズの表情は無表情ながらどこか懐かしさを浮かべていて。小さく頷いた私を見ながら、足を組み替えた彼は声を発する。





「――俺はこの通り、人の姿になる『アリス』を持っている訳だが、この力が出たのはお前の母さんから助けられた直後に分かったものだった。それまでは、普通に野良犬として生きてきた訳だからすぐに慣れるものではなあったけどな。それでも、人間の表情は生きてきた中でずっと観察していたものだから、慣れ親しみ暮らすと言うことには不便がなかったんだ。」





「――あ、あの…母さんを知ってるの?」







ユズの口から零された言葉に思わず問いかけた私の視界に入ったのはどこか苦しそうに堪える表情を浮かべる彼の姿で。
小さく息を吐き、そうだったな。と声を落としたユズは口を開く。





「――お前の母さん、木村雪江はお前の叔父、木村孝の実姉でたった一人の家族だった。

お前の叔父の木村孝、今は意外と落ち着いている感じだけど昔はやんちゃ坊主だったみたいでな、いつも喧嘩してばかりだったみたいだ。そんな弟を気にかけていたお前の母さんも孝が十四歳の時に卒業、ずっと付き合っていた男性と籍を入れた。


木村雪江、正確には結城雪江(ゆうき・ゆきえ)となったあの人は、卒業後、初校長の弱みについてずっと駆けずり回っていたんだけどな…」





そう呟くユズの横顔を見ながら、己の頭の中にあるのは驚きと好奇心と安堵感とも言えない、複雑な感情で。孝さんにも知らされることのなかった己の母がこの世界で生きていたという事実をどう受けとめたらいいのか分からなくて。

ただ、脳内に浮かんだ大きな疑問をぶつける。





「――ねえ、ユズ。ってことは、私は…元はこの世界の住人ってことになるの?」




―――何で、疑問に思わなかったんだろう。

叔父がこの世界の人間だと言った瞬間、いつもの冗談と思ってしまった自分は問いただしもせず、ただ受け止めてしまっていて。
素直に応じてしまったと同時に根幹にあったもの。


―――それは、叔父の話が真実であると訴えかける私の本能が起こしたものだった。


トリップと知らされた頃は、ただこちらの世界に来た理由は叔父である孝のお願い事から始まったことだった。
安藤翼という人間の傍にいたいと、強く願う頃には叔父は私の前から姿を消した。




まるで、この世界で起こった真実を再び突き止められたくないように。









23 アリス紛失事件C






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