見上げた空は青かった。

□24 アリス紛失事件D 
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「――じゃあ、今日の授業はここまで。」



教室に響き渡ったのは、終わりを告げる教師の発言で。黒板に書かれた文字を必死にノートに書き写していた私は耳元に届いたチャイムの音に顔を上げた。


――時刻は四時。
中等部A組の教室は一人欠けていることを気にすることなく、己の思考のまま各自自由である。
教室で続けて勉強するもの、寮に帰り休むもの、友人と話すもの。その中で、教科書を鞄にしまい、立ち上がった私は離れた席で欠伸を零す友人に視線を向けた。


「――美咲。これからどうする?」



「――あたしは、ひとまず部屋に戻るつもり。――とばっちりは受けたくないしさ。」




――とばっちり。それは彼女がガリバー飴で蜜柑の代わりを務めたと同時に、いち早く状況に気づいた鳴海先生によって酷い目にあったためだ。

――私に来ても可笑しくない状況だったのだが、彼は己の前に姿を現すことはなかった。
――その鳴海先生の行動はある意味少し、奇妙でもあり怪しいのだが。




そう言葉を返した美咲は机に広げていた教科書を抱えるとともに私の傍へと近寄ってくる。綺麗な顔立ちながら男勝りの性格というギャップをもつ友人を見ていた私は不思議そうな表情で覗き込んだ彼女の行動に目を見開いた。



「――な、何?」



「――ん。翼がいなくなって二日目だけど意外と不安そうな顔をしていないなあって思って。――でも、エミが行けなくなったのは驚きだったなあ…」




結局、櫻野先輩からダメ出しされたんでしょ?



最後の一文を小声で伝えた彼女の顔を見上げながら、同意を示すために頷いた私は小さく笑みを浮かべる。頬に触れた柔らかな髪の感覚を感じながら、歩いて行く美咲の後に続いた。






今回、私がいけなかった本当の理由。
それは、自分の本当の正体というものを教えられるために、ユズから連れ戻されていたからだ。

愛犬であるユズ、向こうで生活している時もこの世界にきた当初より自分の傍にいた彼の存在は人間へと変化することのできる『擬人化のアリス』を所持していたアリス保持者でもある存在だった。


そして、叔父である木村孝はこの学園で育った人物でもあり、その叔父の姉は私の母であるということも同時に教えられた。



向こうの世界とこっちの世界を行き来することができたのは、私の父であった人、結城修哉という人が子供である私にアリスの力をかけていたから。そんな私を守ってくれた叔父の存在は、本当の意味でたった一人の肉親であった。
そしてこの世界にいることは決して無神経な訳ではないのだと、知ることができた私の心は以前、翼とすれ違った時に感じていた強い背徳感をゆっくりと拭うことができていて。どこか楽になることができた己の感情を抱きしめながら、翼のいない二日間を過ごしていた私は脳裏に浮かび上がった考えを静かに考え込んだ。



(――そいうえば、孝さんは…何で私の中に『拒否のアリス』があるって知ってたんだろ?)




己の中にあるもう一つのアリス、それは叔父が以前持っていたものだと鳴海先生から教えてもらったことがある。そのアリスの行方がどのような経路で、私の中に入ったのか分からない筈だというのに叔父である彼だけが知っていたのは何故なのか。そんなことをぐるぐると考えていた私は、遠くから呼ばれた己の名前に顔を上げた。


「――何してるの、エミ〜!?置いて行くわよっ。」


遠くから己を見つめ首を傾げた美咲の存在に慌てて謝罪を零した私は、足を速めた。




―――――――――――――――――――






美咲と別れ、ある場所へと足を進めていた私は己の背丈の二倍程ありそうな扉に手をかける。古びた音を経てて開いたそれをゆっくと押したと同時に部屋の中にいた人物の存在に目を丸めた。





「――殿先輩、こんなところで何をしているんですか……?」




肩まであるストレートの黒髪、大人びた風貌、微かに感じる煙草の香り。その三つが表す人物の存在が振り返り、驚いた表情を浮かべる様を見つめた。




「――エミ、」






同い年にて先輩という立場である、彼――殿内明良は私を見ながら、口を閉ざした。









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