君はトランキライザー

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前世で生きた自分は、至って平凡だったと思う。
勿論、そんな自分を好きでいるのは私のことで当たり前のことだったし、そんな自分の生活を愛していた。いつか、好きな人ができて結婚して仕事を続けながら子どもを育てるという私の小さな夢は、あまりにも呆気なく消え去ってしまった。『神様』と名乗ったあの幼女の手によって。いや、表現が適切でなかった。あの幼女の泣き顔に騙された己の未熟さによって引き起こしてしまったのだ。


「――お母さん。私、行ってくるー。」

ドアで閉められた玄関を開け、靴を履いた私は母の好みである花柄のワンピースを翻し、栗色の長い髪を一つに結う美人な女性こと、現在の私の母である『ユリカ』さんに振りかえった。柔らかく笑う彼女の笑顔を見ていたら、どうしてこんなに美人な女性から生まれたであろう自分が平凡な顔立ちなのか疑ってしまうのが、まあいいだろう。

「――気をつけてね。エミちゃん。今日の晩御飯は貴方にかかっているから、よろしくね?」

「うん。分かってるよ。お母さん。じゃあ、行ってくるね。」

「いってらっしゃい。」


二回目に生まれ変わった自分が生まれた両親が営んでいるのは、海沿いにある民宿である。旅人がよく訪れる私の家は、手料理が美味しいと評判で、何度か通うお客さんが多い。
父は料理を担当し、母は女性一人で民宿の中を支えている。美男美女が営むと有名な両親の子どもとして誕生した私の現在の名前は、エミ・ソリアである。精神年齢20代の己が幼少時代、それなりの段階を踏んで育っていく様を演じるのは、酷く辛いものだったけども。漸く六歳というランドセルを背負える年齢へと育った私は、自分に与えられた役割を日々こなしていた。それが、ユリカさんが言ったご飯係というものである。花柄のワンピースを着ながら、釣り竿と大きなバケツを持っている六歳時の光景はあまりにも、アンバランスだけども。
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