君はトランキライザー

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「―――エミちゃん、いいかい?
…時には、自分より格上の相手と闘うことも…この世界にいる限り、確実にあり得る」



木々から差す光を浴びながら、声を発した彼がその言葉を言ったのは私が彼の元で修業を行っている頃だったと思う。
―――金髪を一つに結い、整った顔立ちを優しい笑みに変えた彼は言葉を落とす。



「―――でも、人間は必ずにしろ弱点というものをもっている。それを見抜くためには…相手の攻撃パターン、言動、行動、表情、動きを見抜いた上で…答えを出さないといけない。」

「――無理でしょ。アキナさん」


人の気持ちを探るなんて、不可能に近いものだというのに。そんな私の考えが分かったのか、苦笑を浮かべた彼は首を横に振った。


「―――きみは、それができる。気づいていないだけだよ。」


―――エミちゃんを弟子にしたのもそれがポイントなんだから。




そんな言葉を零した彼の眼は確かに私という存在を捉えていて。
乾いた笑いが零れる己の頭を優しく撫でた彼の行動に酷く安心したのを思い出した。



―――――――――――――




「―――今回は、試合中に血の雨を降らせる貴公子、スレムXS期待の女性戦闘者、エミ・ソリアだーーーッ!意外な組み合わせに、会場からも興味の声が降り注いでいますッ!」



会場から沸き起こる歓声に顔が歪むのを感じていた私は、前に立つ男を見つめた。
緋色の髪が柔らかく揺れた瞬間、開始のリングが鳴り響く。



「―――すぐに逃げると思ったのに、意外と居残るとは…大した度胸だよな。お前。」
「……そっちが勝手に試合を申し込んだんでしょ。」



いい加減なことを言うな。
そんな風に呟いた私の声に唇を緩めた彼の顔を見ていた私は頭上から降り注ぐ鉄の塊に一瞬で場所を変えた瞬間、地面にめり込む音と爆風が会場内に響いた。





(―――具現化系の念を…つかって来た)



爆風を受けていた中、飛び込んできた鉄の塊を避け、空中へと身体を捻らした私は床に沈んだままの鉄の塊に着地をしていて。
興味深そうに笑う男――スレムは私を見ながら首を傾げる。



「―――…可笑しいね。きみは念使いの筈だが…何故、使わない?」
「――アキナ師範の教えを守っているだけです。」
「――あいつの…教え?」



馬鹿馬鹿しい。そんな表情を浮かべたスレムは漆黒の瞳は冷たい温度を己に示していて。
足元から鉄の塊が消えるのを感じた瞬間、すばやいスペードで刀を抜き取った男の動作に気づいた私は、仕込んであった槍で受け止めて。
力の差を感じながら、必死にスレムの攻撃を塞いでいた私は、顔を近づけながら卑しく笑う彼の顔を見つめた。




「――で、その教えって…何?」

「……力は、必要な時にしか使わない。」



―――貴方との戦闘は私にとって、力など必要ないですから。
そんな私の言葉に、眉根を寄せた彼の唇は尖らせたままで。小さな吐息が頬にあたる感覚を覚えた。



――――ゾクリ、と。背筋に走った寒気は何かを意味していたのか。戸惑いを覚えた瞬間―――腹部が焼けるような痛みを感じた私は、刀の攻撃を塞いだまま視線を下に向けた。




「――――なん…で…ッ」



一瞬で眼に凝を集中させた瞬間、視界に入ったのは腹部を突き刺す小刀で。
隠をナイフに纏わせたまま、投げた彼の攻撃に気づけない己の弱点に唇を噛みしめた私は、目の前の男へと向けた。
――――手ごわい相手だそうだ。



「―――まだまだだね、お嬢さん。」
「――――ッ、こんの…ッ」



周をまとわせた刀を振り払い背後へと屈みこみながら滑り下がった私は槍を服の中へと仕舞い込んだ。丁度、臓器には刺さっていないであろう場所だと判断したまま、立ち上がる。





―――瞬間、頭上に現れた鉄槌の塊に目が見開くのを感じた私は、ゆっくりと立ち上がりながら瞳を閉じた。














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