魔界図書館

□史上最大の任務
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我が輩の職場、望月警備保障は一般的な警備業務の他に身辺警護も請け負っている。
所謂「ボディーガード」だ。
職業柄普段から少し張り詰めた空気が漂っているが、半年の海外任務を終え出勤した職場は、その空気が一辺していた。
この雰囲気は任務に失敗した時などに出るものだが、個人ではなく、警護課フロアー全体に溢れているのはまず有得ない…
不思議に思いながらも、我が輩は報告の為に社長室へと向かった。

「おお、脳噛君戻ったのか!」
「はい。今朝方日本へと到着しました。」
「そうか、ご苦労だったな。」

ん?普段より望月社長が嬉しそうに我が輩を迎えているような気がするな…

暫くは談笑を交えながら向こうでの任務の報告をしていたのだが、

「そうか、彼も失敗か…」
「では、他の物を手配すると伝えてくれ。」

一本の電話により社長と早坂専務は顔を見合わせると我が輩へ話を切り出してきた。

「脳噛君は桂木財団を知っているね?」
「我が社の一番のお得意先様で、確か桂木誠一氏が会長を勤めていらっしゃいましたね。」
「そうだ。その桂木誠一氏からの依頼なのだよ。」
「では、誠一氏のガードですね。」

あの桂木財団会長へは何名かのガードが就いていたと思うのだが、追加の要請だろうか?
だが、先程社長は「彼も失敗」と言っていなかったか?

「いや、依頼は夏休みの間だけ令嬢のガードをしてほしいそうだ。」
「ご令嬢のガードなら普通は女性が当たるのでは?それに先程『彼も失敗』とおっしゃってましたが、失敗してご令嬢は無事なのですか?」
「もちろん先方もガードしていた吾代も無傷だ。詳しい話は誠一氏が直接伝えるそうだ。帰国早々悪いが明日から桂木弥子嬢のガードに就いてくれ。」
「はい。了解しました。」

我が輩は専務から弥子嬢の写真を受け取ると、社長室を後にした。
我々の任務は命懸けの物が殆どだ、それが失敗しても無傷などと到底信じられるものではない。

「…腑に落ちんな…」

情報があまりにも少なすぎる…匪口にでも調べてもらうか。
我が輩はシステム課の匪口の元へと向かった。

「あれ?ネウロこっちに戻ってきてたんだ!もしかしてお土産買ってきてくれたとか?」

陽気に両手を差し出してくる匪口の手に我が輩はヤコ嬢の写真を乗せてやる。

「あれ?もしかして次の任務って桂木家お嬢様のガードなんだ。」
「早坂専務からわが社の精鋭達がことごとく失敗したと聞いた。あの吾代までが失敗とは信じられん。一体どんな相手に狙われているか知っているか?」
「ああ、狙われてるって言うかなんて言うか…まあ、本人に会ってみれば皆が失敗してる理由が解ると思うよ。」
「理由だと?」
「そ! 俺明日新しいシステムの打合せで桂木邸行く予定だから一緒に行こうよ。ネウロも驚くほど面白い物が見れるからさ!」
「なんだそれは…」
「それは明日のお楽しみ〜! じゃ、俺明日の件で詰めなくちゃいけないから!あ、明日は8時にロビーで待ち合わせってことで!」

言いたい事だけ言うと、匪口は仕事に戻って行った。
明日になれば解るだと?
任務は明日からだ少しでも情報が欲しい我が輩は課へ戻ると担当した者達にヤコ嬢の事を聞くが、皆一様に怯えて話しにならん。
そこへ、意気消沈の吾代が戻ってきた、掴まえ打合せ室へと放り込む。
この吾代が任務に失敗したなどとは信じられん。
学は無いが腕が立ち、野生的な感でどんな修羅場でも潜り抜けてきた男だ。
そして、強面の顔とは対照的に何故か子供に人気がある。

「我が輩が貴様の後を継いで桂木弥子嬢の警護を担当する事になった。」
「あの化け物お嬢様のガードをお前が!?」
「化け物だと?」

吾代の言葉に我が輩はヤコ嬢の写真を見るが、とても可愛らしい容姿だ、とても『化け物』には見えん。

「可愛らしい中学生ではないか。とても化け物には見えんぞ。」
「そのお嬢様高校生だかんな…間違っても中学生とか言わない方がいいぜ、本人子供っぽく見えんのを結構気にしてたからな。」
「そうか…して、何処が化け物だというのだ?」

我が輩の問いに吾代は青ざめ不透明な液を流し始めた・・・

「どうした吾代?」
「お、俺は何も見てねぇ!! 俺は二度とかかわらねぇかんな!!」

打合せ室を飛び出した吾代の目元には涙が浮かんでいたような気がしたな。
あの吾代があのように怯えた態度を…どうやらこの任務は一筋縄では行かんようだな…
我が輩はまだ見えぬ任務に気が引き締まる思いがした。


翌日、我が輩は匪口と共に桂木邸を訪れた。
この屋敷の警備一切をわが社が請け負っている。
社長に手土産を預かったのだが、それは何故か大きなダンボールに入っていた。
社長から「必ず桂木誠一氏に渡すように」と念を押された。
訳を知っているらしい匪口は「了解で〜す!」と返事を返していた。


「度重なる人員変更、誠に申し訳ございません。誠心誠意勤めさせていただきますので宜しくお願い致します。」」
「いやいや、そんな風に頭を下げないでください。皆さんとても一生懸命に仕事をしてくださいました。」
「ですが、桂木様、お嬢様には大変ご不快な思いを…」

我が輩と桂木氏の会話を聞きながら、匪口は肩を震わせながら笑いを堪えているのが伝わってくる。
後でしっかりシステム課の笛吹部長へ報告しておかねばならんな。

暫くすると、ヤコ嬢がやってきた。
やはり極々普通のお嬢様に見えるな。

「お父さん、そちらの方が新しいボディーガードなの?」
「脳噛ネウロ君だ。望月さんの会社で一番優秀なボディーガードだよ。」
「桂木様お戯れを…お嬢様、脳噛ネウロと申します。夏休みの間精一杯勤めさせていただきます。どうぞ宜しくお願い致します。」
「…ネウロさん。」
「はい。」
「私、負けませんから!!」
「はい?」
「弥子っ!!」
「…クッククク…」
「匪口さんも負けませんからね!!」
「はいはい、お手柔らかにお願いしますよお嬢様。」

ヤコ嬢はそう言うと部屋から出て行った…
負けない? 何の話だ?

「桂木様、お嬢様は何のお話をされていたのでしょうか?」

匪口には通じているようだが、我が輩には全く話が見えん。

「脳噛君、娘…弥子はとても食欲旺盛でね…」
「はぁ…しかし、お嬢様は育ちざかりですし、失礼ながら問題があるような体型にはお見受けできませんが…」
「…これを見てくれ…現在の食堂の様子だ…」

桂木氏に促され除いたモニターに我が輩目は釘づけになった…

「なっ…」

ヤコ嬢が口にしているのは我が輩達が手土産として持参した高級羊羹だ。
とても幸せそうに口に運んでいるが、問題なのはその消化スペードだ…
あっと言う間にあの量がヤコ嬢の体の中に消えて行ったのだ…

「脳噛君、君にガードしてもらいたいのは弥子では無く我が家の食糧達なんだ。」
「…つまり、お嬢様から食料をガードするという事ですか? だからお嬢様は『負けない』と仰っていたと?」
「恥ずかしい話だがその通りだよ。匪口君に依頼している警備システムも弥子を対象にしたものなんだ…」
「そーいう事! ネウロの驚いた顔も見れたし、桂木会長、俺新システムの方に取りかかりますね!」
「ああ、宜しく頼むよ。」
「じゃあネウロ頑張ってね!」

匪口も部屋を出て行き、我が輩と桂木氏だけになった。

「脳噛君、どうかこの通りだ!! 娘からこの家を守ってくれ!!」

我が輩の手を取り頭を下げる桂木氏に「お任せ下さい。」と言うしかなかったのだった…

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