魔界図書館

□史上最大の任務
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その日から我が輩とヤコ嬢の壮絶なバトルが始まった。

昼間はまだ良い、我が輩の目も行き届いているからな。
しかし問題は夜だった…
それは初日のことであった。

日付が変わる頃、漸くヤコ嬢がお休みになられて我が輩の任務も終わった。
桂木氏の話では特に狙われている等の心配も無いということだ。
今までの護衛とは勝手の違う初日を終え、我が輩は用意された部屋で漸く一息つくことが出来た。
1日の報告書を作成していると、隣室のヤコ嬢の部屋から物音が聞こえた。
常人なら聞き逃すような小さな音だが、訓練された我が輩の耳はその異変を聞き逃さなかった。
そっと様子を伺うと扉が開く音がし、ペタリペタリと足音が聞こえてきた。
トイレかと思ったが、我が輩は念の為気配を消してそっと少しだけ扉を開け廊下の様子を伺う。
案の定、ヤコ嬢が寝間着姿のまま裸足で廊下を歩いていた。
足取りが覚束ないようにも見える…寝ぼけているのか?
まさか年頃の令嬢にトイレかどうか問う訳にもいかず、我が輩はそのまま様子を見守る事にした。

気配を消したままヤコ嬢の後を付いて行くと、ヤコ嬢はトイレを素通りしてしまった。

「…一体どこへ…」

そう、我が輩は皆が憔悴しきっていた本当の理由をこの時はまだ知らなかったのだ。
ヤコ嬢の向かう先には厨房がある。
真っ直ぐと食堂に向かうヤコ嬢は食堂に張り巡らせた警備システムを掻い潜り食堂へと侵入を果たしてしまったのだ。
唖然とした我が輩は出遅れるという失態を犯してしまった…
我が輩が食堂へと踏み込んだ時には、ヤコ嬢は厨房への侵入を試みる為に今日匪口が設置したシステムを無理やり解除しようとしていた所だった…

「お嬢様!! 何をなさっているのですか!! もうお休みにならなければなりません!!」

我が輩が声を掛けると、ヤコ嬢は我が輩へと視線を向けた。
しかし、その瞳に正気の色は見えない。
我が輩はそっとヤコ嬢に近付いて行く。
すると、ヤコ嬢は昼間と同じ人間とは思えないような機敏な動きでテーブルの上に用意されていたナイフを掴むと我が輩へと投げてきた。
間一髪避けたが、そのコントロールは見事なものであった。
気を抜いたらヤラレル!!
我が輩の本能がそう告げていた。

ヤコ嬢は常人とは思えぬ動きで次から次へと攻撃をしかけてくる。
相手が敵なら躊躇せずに攻撃出来るが、依頼主の令嬢相手ではそうはいかん。
我が輩は防戦一方だ…このままでは埒があかん…どうするかを必死に考える。

「お嬢様!! これをっ!!」

若い女性の声と共にヤコ嬢の目の前に巨大なスルメが落ちてきた。
ヤコ嬢はスルメに飛びつくと「あむあむ」とスルメを齧り始めた。

「脳噛さん大丈夫ですか?」
「はい、助かりました。あの失礼ですが、あなたは?」
「私はお嬢様付きのメイドであかねと申します。夏休みの間宜しくお願いします。」
「そうでしたか、こちらこそ宜しくお願いします。」
「あの、お嬢様はいつもこうなのですか?」
「はい、夜になるとまるで夢遊病のようになってしまわれるんです…そして、朝になるとその事は全く覚えていらっしゃらないのです。」

スルメを齧り続けるヤコ嬢に当身をくらわせて気絶させると、我が輩とあかねさんは漸くその日の勤務を終える事が出来たのであった…



我が輩の任務も2週間が過ぎた。
昼夜を問わず食料を狙ってくるヤコ嬢が相手では他の者達が3日としないうちに脱落したのも頷ける…5日もった吾代は良くやったほうだな…

「ネウロさん意地悪! 私全然お菓子が食べられない!」
「お嬢様は通常のお食事と間食を他の方以上に召し上がられております。それに、お嬢様から食料を守るのが私の任務でございますから。」
「お勉強と運動ですっごくお腹空くんですけど!」
「大丈夫です。勉強も運動も満腹より少し空腹の方がはかどります。」

我が輩はヤコ嬢に請われて昼間は家庭教師をすることになった。
勉強といっても語学や護身術が中心だ。

「私、世界中を食べ歩きするのが夢なんです! ネウロさん私に外国語を教えてください!」

食べ歩きというのがヤコ嬢らしいが、自分の夢の為に進化したいと望む姿に、我が輩はその申し出を受けることにした。
流石令嬢なだけあって英語は日常会話レベルは話せている為、それ以外の外国語がメインだ。
始めは語学だけだったのだが、桂木財団令嬢であるヤコ嬢はどんな危険に巻き込まれるとも限らない、我が輩は桂木氏に提案し、ある程度の護身術を教える事にした。
まあ、護身術といっても相手の隙をついて逃げる事が出来る程度のレベルだがな。


そして、夏休み最終日となった。

「ネウロさん、今まで家庭教師をしていただいてありがとうございました。」
「ヤコ様、私の任務はあくまでもボディーガードですよ。」
「もちろん、そっちのお礼は言いません!!」
「まあ、そうでしょうね。ヤコ様、お元気で…」
「はい。ネウロさんも…」

最初はとんでもない任務だと思ったが、家庭教師をするようになってからは、ヤコ様の進化がとても眩しかった…このまま見守っていきたいが…
名残惜しいが我が輩の任務は夏休みの間だけ、次の任務に就かなければならん。
我が輩は挨拶の為に桂木氏の元へと向かった。

「脳噛君ありがとう。君が来てから食費が10分の1になった。まるで夢のようだよ!」
「・・・・・・」

あれで1割だと?
どれだけ化け物なんだ…

「脳噛君、望月社長の許可は取った。これからも弥子のガードを宜しく頼む。」
「は?あの…夏休みの間だけでは?」
「そのつもりだったが、君のような逸材はそうそう居ない、是非このままここで働いてもらえないだろうか?もちろん君が嫌だと言えば無理にとは言わんが…」

勿論、考えるまでも無い。

「いえ、こちらこそ宜しくお願い致します。」
「本当か!?」
「はい、持てる力の全てでお嬢様から食料をお守りします。」
「そうか!ありがとう!」

こうして我が輩は引き続きヤコ様から食料を守る事となった。
そして、我が輩が帰ったと思い、早速厨房へ忍び込もうとしていたヤコ様を捕まえて、我が輩の再任を知ったヤコ様は絶望の悲鳴を上げたのだった。


end
(2011.8.7)
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