雨のお品書き
□風花―かざはな―
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「京子殿!!」
駆け出していた。
頭で思うより、先に動いた身体。
「バジル君…だったっけ」
「はい」
記憶の中の彼女より、随分と大人びた女性になっていた。
思わず追いかけて呼びかけてしまったけれど、これは出すぎたまねだろうか。
「突然申し訳ございません」
「ううん。何かあったの?」
優しい笑顔。
包容力。
本当に素敵な女性だ。
「実は、無理を承知でお願いがあるんです」
この方が、あのお方の大切な人。
ずっとずっと、一番だった方。
「おぬしと綱吉殿のツーショットの写真をお持ちではないでしょうか?」
思い出を残さずに別れる為に、一枚も写真を撮らなかったと言っていたけれど、この方なら持っているかもしれない。
「ツナ君との写真?持ってるよ」
1枚も残っていないなんてありえないんだ。
きっと、綱吉殿が持っていないだけ。
「1枚でいいんです。譲っていただくことはできないでしょうか?」
少し逡巡して、すぐにいつもの笑顔で答えてくれた。
「うん、いいよ」
日本に戻ったら贈っていただこうと思い、こちらの送り先をお渡ししようと思っていたら、彼女は鞄の中を探し始めた。
「はい…」
少し寂しそうに、こちらに差し出してくださったのは、間違いなく日本でのお二人の写真。
まさか、常に持ち歩いていらっしゃった?
「…恥ずかしいな、引き摺ってるみたいで。でも、これでいいんだよね。ちゃんと、切り替えないと」
…たった一枚だけの写真?
ああ、きっとそうだ。
この写真の日付は、綱吉殿が日本を発った日。
そして、お二人が別れた日。
綱吉殿が忘れられなかったように、この方も同じ思いを抱いていた。
きっと会いたかったのだろう、今日も。
でも、会わなかった。
なんて強い方なのだろう。
綱吉殿の気持ちを汲んで、想いを伏せて…。
「京子殿、一目でいいんです。綱吉殿に会ってください。お会いになって…お言葉をお交わし下さい」
相応しいのは自分だなんて言えない。
この方の方が、きっと寄り添える。
「ダメだよ。ツナ君が幸せなんだったら、それでいいの。……幸せになってくれれば、私も幸せなんだよ」
そんな言葉を残し、彼女は行ってしまった。