雨のお品書き

□風花―かざはな―
1ページ/3ページ

「京子殿!!」

駆け出していた。

頭で思うより、先に動いた身体。

「バジル君…だったっけ」
「はい」

記憶の中の彼女より、随分と大人びた女性になっていた。

思わず追いかけて呼びかけてしまったけれど、これは出すぎたまねだろうか。

「突然申し訳ございません」
「ううん。何かあったの?」

優しい笑顔。

包容力。

本当に素敵な女性だ。

「実は、無理を承知でお願いがあるんです」

この方が、あのお方の大切な人。

ずっとずっと、一番だった方。

「おぬしと綱吉殿のツーショットの写真をお持ちではないでしょうか?」

思い出を残さずに別れる為に、一枚も写真を撮らなかったと言っていたけれど、この方なら持っているかもしれない。

「ツナ君との写真?持ってるよ」

1枚も残っていないなんてありえないんだ。
きっと、綱吉殿が持っていないだけ。

「1枚でいいんです。譲っていただくことはできないでしょうか?」

少し逡巡して、すぐにいつもの笑顔で答えてくれた。

「うん、いいよ」

日本に戻ったら贈っていただこうと思い、こちらの送り先をお渡ししようと思っていたら、彼女は鞄の中を探し始めた。

「はい…」

少し寂しそうに、こちらに差し出してくださったのは、間違いなく日本でのお二人の写真。

まさか、常に持ち歩いていらっしゃった?

「…恥ずかしいな、引き摺ってるみたいで。でも、これでいいんだよね。ちゃんと、切り替えないと」

…たった一枚だけの写真?
ああ、きっとそうだ。

この写真の日付は、綱吉殿が日本を発った日。

そして、お二人が別れた日。


綱吉殿が忘れられなかったように、この方も同じ思いを抱いていた。

きっと会いたかったのだろう、今日も。


でも、会わなかった。


なんて強い方なのだろう。

綱吉殿の気持ちを汲んで、想いを伏せて…。


「京子殿、一目でいいんです。綱吉殿に会ってください。お会いになって…お言葉をお交わし下さい」


相応しいのは自分だなんて言えない。

この方の方が、きっと寄り添える。


「ダメだよ。ツナ君が幸せなんだったら、それでいいの。……幸せになってくれれば、私も幸せなんだよ」



そんな言葉を残し、彼女は行ってしまった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ