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□初恋。
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『初恋。』
何か温かく柔らかいものが触れて目が醒めた。
それは自分の唇に触れられている。
蜜柑畑で作業をした後、あまりに気持ちいい天気で、木陰でのんびり休んでいるうちに眠ってしまったようだ。
ぼんやりした頭で、そう思ったあと、ナニカが自分の唇に触れている事に再び気づかされた。
そっと目を開けてみると、そこには目を閉じたゾロ。
以外にも睫毛が長いのだと解るくらい、顔が近くにあった。
そして、やっと柔らかい感触が何だったのか解ってしまった。
ゾロにキスされてる…!!?
あまりにびっくりしすぎて、体は固まって少しも動かない。
固まりつつある思考も必死にフル回転させてみるが、うまく動きそうになかった。
何で…!!!?
何でゾロがあたしにキスしてるの??!
そのキスはとても優しく、そっと唇であたしのそれを食む。
自分の想い人からの思わぬ行動に、混乱しながらも、ゾロからのキスが嬉しくもあった。
だって、ゾロは、あたしの初恋の相手だから。
体が固まってしまったのは、かえってよかったのかもしれない。目が醒めた事を、まだゾロに気づかれないでいる。
キスされてから、きっとまだほんの数秒だろうが、そのあまりの心地よさと嬉しさで、再び目を閉じた。
どうか、もう少し、ゾロとキスしていられますように…。
鈍った頭では、何故ゾロが自分にキスをしているのかなんてどうでもよかった。
柔らかく触れるだけだが、唇で掬い上げるように食み、そっと包み込んで感触を味わうような優しいキスに、頬は熱くなり、胸はキュンと締め付けられる。
そこからまた数秒経った頃、柔らかな温もりはちゅっと小さく音をたてて離れた。
それまでのキュンとした気持ちと心地よさが名残惜しくて、思わず目を開けてしまった。そう、まるで王子様のキスで目覚めた眠り姫のように。
目を開けてしまった事に気づいた時にはもう遅い。しまったと思って、頬はまだ真っ赤なまま、恐る恐るゾロを見る。
しかし、ゾロはひどくびっくりした顔をしてから、申し訳なさそうに目を伏せた。
「――!!!! わ、悪い!!…その……」
謝ったその後の言葉が続かないゾロに、あたしは黙って首をふった。
それが余計にゾロの気を苛ませたのか、何処か切なく寂しそうな目をする。
「ホント、ゴメンな。 嫌だったろ? 気持ち悪ぃよな……。
なんでもない男にキスされて… しかも、寝込み襲われたんだ…。」
あたしは黙って首をふることしかできなかった。それでも、精一杯強い意思を込めて否定する。
だって、気持ち悪くなんかなかった。気持ち悪いわけがない。
あんなに優しいキスをされて、しかもそれはあたしがこっそり想っていた相手からで。
初めてのキスがゾロからで、凄く嬉しかった。
今だって、まだ収まる事を知らない心臓はドキドキ煩いし、頬も熱い。
でも、ゾロは「悪い…」と俯き、黙ってしまった。
「…あ、あやまらないで…?」
「……?!」
やっとの思いで声をかけると、ゾロはまた少しびっくりした顔をした。
「…その、あたし、気になんかしてないし……あの…」
焦って出した声は掠れてしまい、ドキドキし過ぎて言葉尻は震えてしまった。いつもなら弁が立つ方なのに、こういう時に限って言葉が出てきてくれない。
そんなあたしを見て、また何処か悲しいような、寂しいような、そんな瞳をしてゾロが言う。
「ゴメンな。 気ぃ使って無理してくれなくていいんだ。」
「…!! そんなこと、ない!」
「…?」
「あたし、気なんて、遣ってないよ…?」
ゾロの寂しそうな目が耐えられなくて…。そんな風に言わないでほしくて、必死に否定した。
あたしはゾロの事が好きなんだから。
バギーにやられそうになったのを助けてくれたあの時、あたしは初めて人を好きになった。
前から憧れだった“海賊狩りのゾロ”が、自分をピンチから救ってくれた。
恋に落ちるのなんて当たり前なほど簡単だった。
ずっと叶うはずないと、胸に秘めたままの想いだったのに、その相手からあんなに優しくキスをされるなんて。
ゾロにとっては、ただの遊びかもしれないけれど…。
それでも、あたしは、好きな人からキスされて、凄く嬉しかったんだ。
密かな気持ちを伝えるには、この上ないチャンスだ。今伝えなきゃ、きっとこれから、もう言える機会はないかもしれない。
だから、震えそうになりながら、勇気を振り絞ってゆっくり話しかける。