とある隊士の私小説

□第一話:開いた口が塞がらない
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俺が生まれるよりもずっと前、宇宙から天人という地球外生命体が現れた。
そして侍たちが治めていた江戸を、侵略しようとしたのだ。

それに反抗した侍たちは、長い間天人たちと戦い、沢山の人間と天人が死んでいった。

しかし現在では、天人たちが幕府を支配し、侍が衰退していく世の中となった。



…まぁ、俺が体験したことじゃないから、史実が合っているかどうかも分からない。
そして、その時代に生きた人々の思いも分からない。

しかし、侍はしぶとく生きていることだけは知っている。
しぶとく、自分の侍道を貫いていることだけは…。





第一話『開いた口が塞がらない』




俺、山崎疾風は、大和さんが営む旅館で働いている。
この旅館は普通の旅館と少し違う。
顧客は主に政治や経済のトップ、つまりテロリストなどに狙われやすい立場の人間だ。

しかし、この旅館で働く従業員全員は、大和さんの特訓を受けている。
よって、人数は少ないが、調理担当も受付担当も、その辺のチンピラでは敵わない程の実力を持っている為、
政治や経済界の重鎮たちはこぞって、大和さんの旅館で休暇を過ごす。



そしてその旅館の一従業員である俺は、旅館のトップである大和さんに呼び出されていた。



「疾風です。」

「おう、入れ。」

「失礼します。」




大和さんは奥の座椅子に胡坐をかいて座っており、俺は机を挟んだ向かいに座った。
人気旅館のトップの大和さんだが、その自室は至って質素だ。
曰く、このぐらいで無いと落ち着かないそうだ。




「大和さん、話っていうのは一体何ですか?」

「…前に警察庁長官の友人がいるっていったよな。」

「ええ、一度。」




確か、その友人サマには大和さんをさっさと出せと凄まれた。
電話口からでも分かる不機嫌さで、向こうでは発砲音もしたので緊急かと思い、慌てて大和さんを呼びにいったのは鮮明に記憶している。

ただ、イラついて発砲しただけ。
そう聞いたときは、むしろ俺がイラっとした。


あの時を思い出し複雑な表情する俺を見て、大和さんは頬を掻くと苦笑した。




「実はな、その時あいつと少々厄介な約束をしちまったんだ。」

「…なんですか?」




大和さんは言いにくそうに髪を掻きながら、煙草を手にとった。
この間、禁煙を口にしていたはずだが、ゴミ箱に空き箱がたくさんあるところをみると守られていないようだ。

大和さんらしいといえば、らしいのだが。
そして大和さんは煙を大きく息を吐き、辺りに甘ったるいような匂いの煙が広がった。




「いや、違う。実は俺らのとこから、真選組の隊士になれそうな人材を送ってきてくれと言われててな。」

「真選組って武装警察とか壊し屋とかで有名なアレですか?」

「そうだ。この間、新隊員を募集したが、気合が足らん奴ばかりで全て却下したらしくてな。
未だに隊員が不足しているらしいんだ。」

「それはわかりましたけど、なんで俺に話したんですか?」




俺が疑問を口にすると、大和さんは苦笑いをしながら目線を落とした。
そして、急にこちらを見たかと思うと、パンッと両手を合わせて頭を下げた。




「実は・・お前をその真選組に入れるって約束しちゃった!すまん!」

「はぁ!?」



どうやら俺が真選組に行く事になったのには、電話の後二人が飲みにいったことが原因だそうだ。
二人は店に入るとすぐ大量の酒を頼み、自分たちの思い出や周りの話や愚痴を肴にして酒を飲み交わした。

日頃、愚痴が言えない上の立場で仕切る人間が二人も集まると酒も話も盛り上がり、
気が付くと二人はすっかり出来上がってしまっていた。
そして、話は電話に出た俺の話になったのである。





*****





「そういやぁよ、俺が電話をかけたときに出た、
女のガキもお前のとこの従業員なのかぁー?」

「ん?あぁ、疾風のことかぁ?
あいつは力は男よりも劣るが、センスはかなり良いぞ。」

「いいねぇー、そういうの。
オジサンのところにその子くれよぉー。
俺の管轄にもむさ苦しいゴリラばっかりじゃなくて、そーいうセンスのある女の子が欲しいんだよぉー。」

「大事な従業員だ、そんな簡単にやれるかぁー!」





「…泡盛、焼酎、テキーラ、ウォッカ、ジン、ピスコ、ブランデー、ドンペリ、各地域の名酒に、お前の好きな煙草の銘柄でどうだ。」

「のった。」





*****





「って、ちょっと待ってくださいよ!
少し前まで『大事な従業員』とか言ってたのに、なに酒と煙草でコロリと寝返ってるんですか!」

「人は欲望には勝てないようにできているんだ。」


「うっさい!このヘビースモーカー!!
…まさか、それ俺と引き換えの煙草ですか?!」

「…まぁ、言ってしまえばお前の煙草だ。お前も吸うか?」

「未成年に吸わそうとするな!!」




大和さんも酔いがさめるにつれ失態に気が付いたみたいで、
その友人さんに無しにしてもらうように交渉はしたらしい。

けれど、約束は約束だと譲ってもらえなかったのだそうだ。
まったく、オヤジどもの酒飲みの約束事に巻き込まれるなんて、俺はたいした悪運の持ち主かもしれない。

はははと笑いながら煙草を吸う大和さんの後ろには、真新しい酒瓶が嫌みったらしく並んでいた。
っていうか、ホントこの人殴っていいかな?



「…つまり、もう俺は行くしかないんですね?」

「…すまん。」




改めて無理だということが分かると、流石に落ち込んだ。
俺はガックリと肩を落とすと、小さくため息をつく。



「本当に悪かった。…せめてもの侘びだ。持っていけ。」

「え、でもそれは。」



大和さんはそんな俺を見て黙って立ち上がると、掛け軸の下に飾ってあった短刀を手に取って俺に差し出した。
それは大和さんが若かった頃に友人から貰ったものらしく、
すごく大事にしていて、今まで誰一人にも触らせなかったものだ。




「なんとなくだが、コイツをお前に預けるべきだと思った。
コイツもここで錆びるより本望だろう。持ってけ。」

「…大事に使わせていただきます。」




俺は大和さんから短刀を受け取り、座ったまま頭を下げた。
短刀は年代物とは思わせない、鋭い輝きを放っていた。




数日後、俺は江戸行きの電車に乗っていた。
発進して、見送りに着てくれた大和さんたちが見えなくなった時、
俺は寂しさを誤魔化す様に、力強く短刀を握り締め、新たな土地での生活に思いをはせた。










(トシ!トシ!朗報だ!)
(なんだよ、近藤さん。そんなに慌てて)
(とうとうこの真選組にも女の子が入隊するぞ!)
(…はぁ!?)



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