とある隊士の私小説

□第二話:牛は牛連れ、馬は馬連れ
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ハッと振り返ると、スクーターが目の前まで迫っていた。
状況を理解するのは早かったが、受身をとる前に俺は地面に転がった。
轢いた本人であろう男の人の声が聞こえるが、男を見る前に意識が遠のいていった。


とりあえず、目が覚めたら〆る。





第二話『牛は牛連れ、馬は馬連れ』





「…何処だ、ここ?」



気がつくと俺は布団に寝ていた。
運がいいのか悪いのか怪我は軽傷で、比較的痛む背中を押さえながら起き上がると、ここが和室であることが分かった。
壁際には波の模様の着物が干されてあるところを見ると、男の部屋のようだが、人影はない。
ええと、何故俺はここで寝かされていたのだろうか…。



「そうだ、轢かれたんだ。」



事故に遭う前、江戸についた俺はぶらぶらと観光しながら歩いていた。
江戸の真ん中に建っているターミナルは写真でみたよりも大きかったし、天人も旅館で聞いた話よりも多くて驚いた。

江戸なんて都会、めったに来たことがなかったからきょろきょろしながら歩いていたのだ。
それがいけなかったのかもしれない。

次の瞬間、さっきの様に轢かれてしまった。
行き成り前途多難になりそうな予感だ…。



「あ。」「あ・・?」



ふいに襖が開く音がし、その方向を見るとそこには銀髪の男が立っていた。
銀色に輝く髪は天然パーマでうねっていて、瞳は魚の様に淀んでいた。

男は俺が起きている事に一瞬驚いた様子だったが、すぐ真顔になりしゃがんで俺の肩をがっしりと掴んだ。
どうでもいいが、顔が近い。



「どこかヤバイぐらい怪我したとこはねーか?!」

「え、いや、背中は痛いけど、そこまでじゃないです。」

「記憶は?」

「ありますが。」


「…助かったァ。」

「は?」





銀髪の男は長い安堵の息を吐くと、がしがしと頭を掻いた。
あらためて銀髪の男を見て、この部屋はこの男の部屋なんだと分かった。

だって着ている着物が部屋に干されている物と同じ柄だし。
もう少しバリエーションを持った方がいいんじゃないかと思うのだが。





「いや、ね?余所見してて轢いちゃったのは流石に悪りぃとは思ってるけどよ、
慰謝料とか裁判とか言われたら、銀さん首吊らなきゃいけないところだったよ。いや、これ、ホントに。」

「ちょっと待ってください。今何て言った?」




黙っていると、焦ったように男は言い訳を口にした。
聞き捨てならない言葉が耳に入り、俺は男を見上げた。
敬語が抜けているけど、今はそれどころじゃない。




「首吊らなきゃいけなかった。」

「じゃなくてもっと前。」

「余所見してて轢いちゃった?」

「…余所見ってどこ見てた?」

「…反対側のカフェにいた女子ウェイトレスのパンあばし!!」

「一回殴らせろ。」

「…もう殴ってるからね?!」




あまりにもしょーもない理由で轢かれたことに内心少し腹が立ち、銀髪の男をグーで殴ってしまった。

アンタも捕まるぐらいだったらグーの方がましだろ。
よかったな、俺が死ななくて。

そう言うと俺の鉄拳が効いたのか、それとも最悪の事態を想像したのか、とにかく冷や汗をかきながら無言で何度も頷いていた。

何度も殴るのはただの暴力でしかないのでやらないが、二度とこのようなことがないようにしろと注意すると、男は遠い目をしていた。
こいつ…前にもやってるな…。
訝しげに睨んでいると、男は咳払いをして話を変えた。




「…な、なぁ?俺って言ってるけど、女だよな?」

「そうですけど。…ところで?俺の荷物はどこにありますか?」


「あーリビングに置いてあるわ。取ってきた方がいいか?」

「いや、大丈夫です。」




大きい荷物は後に送ってもらうことになっていたが、他の必要なものはカバンに収めておいた。
短刀もカバンに入れておいたので、カバンがなくなったら正直…大和さんに処刑される。
やっぱり怖いから、これからは持ち歩こう。

銀髪の男がよいしょと小さく言いながら立ち上がった。爺臭いなぁ。
俺も多少ふらつきながらも立ち上がり、着物を整えた。
男は何か言いたそうな顔をしたが、黙って襖を開けた。




「あ、そ。じゃあ、こっちだから。」

「ん…おわっ!?」




まだ事故の後起きたばかりで感覚が鈍っていたのか、襖のでっぱりの所に躓いて前につんのめった。
一瞬のことで何もできずに目を瞑ったが、想像していた痛みと衝撃が来ないので目を開けてみると、
銀髪の男が俺を受け止めてくれていた。




「…おぃおぃ、やっぱまだ寝てた方がいいんじゃねーのか?」

「いや、躓いただ「あー!!銀ちゃんが知らない奴と不倫アル!!」



「「…へ?」」



突然玄関の扉が開いたかと思うと、髪をお団子二つにした女の子が入ってきて、俺たちを指差して叫んだ。
躓いて受け止めてもらっていたのを、行き成り不倫とか…なかなかダイナミックな勘違いだな。

大丈夫だと男に言う前に、女の子の後ろから眼鏡をかけた少年が凄い形相でこっちに走ってきた。


ダダダと全速力で走ってきた少年は大きく飛び上がると、男に向かって足を蹴りだした。



「あんたは仕事もサボって何やってんだァ!!」

「あべし!!」



ズシャアと、男は眼鏡の少年に蹴り飛ばされ、廊下の端まで転がっていった。
そしてお団子頭の女の子は、転がった男の胸倉をつかんで昼ドラっぽいセリフをぶつけている。


「…もうなにがなんだか。」



…かぶき町の人たちはこんなにも濃い人たちばかりなのだろうか。
俺は多少…かなり今後の生活が不安になった。





「とどのつまり、全くの誤解です。」

「そうだったアルカ。チェ、つまんないアル。」


「つまんないじゃねーよ。こっちは人轢いちまったり、勘違いで蹴られたり、ホント今日っていう日は散々だぜ。」

「俺を差し置いて散々…だと?」

「…い、いやぁ、その。」

「…じゃあ事故の件についてはのちのち直訴という形で。」

「すいませんでした、俺が悪かったです。」

「…ならよし。」



床で土下座をしている男は無視し、向かいのソファに座っている眼鏡の少年とお団子の女の子の方へ向いた。
少年は申し訳なさそうな顔で頭を下げた。



「すいません、このアンポンタンが迷惑をかけちゃって。」

「あ、いえ。」

「おま、新八!アンポンタンはないだろ。俺のどこをみていってるんだ。」

「銀ちゃんの全部アル。」



初めは過激な人たちなのかと思ったけど、どうやらこの人たちにとってはこれが普通みたいだった。
でも話してみると普通にいい人だったし、行動が大袈裟なだけなのだろう。

考えてみると大和さんも偶に突拍子もないことをしていた。
たしか大和さんも、かつて江戸にいたんだよな…。
江戸育ちって…怖いな。




「そういえば名前。」

「え?」

「お前、名前は何て言うアル?」




そういえば、と男と二人してあぁ、と声を出した。
お互いの名前を聞かずに普通に話しが進んでいた。
それには思わず眼鏡の少年もあきれたような声で言った。



「…アンタら今まで知らなかったんですか?」

「そうだよ、わりーか。」

「全くこれだから天パは駄目アルな。」

「天パは関係ねーだろーが!!」

「…お、俺はくせ毛だから!」



テンポ良く流れていく会話になかなかついていけない。
もしかしたら、俺の新しい職場である真選組もこんな感じなのだろうか…不安だ。



「えーと、あの…。」

「あっ、すいません。えっと、お名前はなんて言うんですか?」

「疾風、山崎疾風です。」


「僕は志村新八です、よろしくお願いします。」

「私は神楽アル!この家の主ネ!」

「おめーは居候だろ。俺ァ、坂田銀時だ。よろしくな。」



俺ができる限りの笑顔でそういうと、三人も笑顔で返してくれた。
変わった人たちだけど、仲良くなれそう。



「そういえば、疾風さんはこんな大荷物しょって何しに来たんですか?」

「疾風でいいよ。何でってそりゃあ…あー!!」

「え、何?」

「事故とかなんやらかんやらですっかり忘れてた!
今日、2時から仕事の面接だった!!」



たしか場所は真選組の屯所で2時、時間厳守だったはず。
しかし俺たちのいる部屋の時計は1時30分を指していた。

…まずい、非常にまずいぞ。
大和さんからの推薦があるとはいえ、初っ端から遅刻するなんて非常識だ。
大和さんにも迷惑がかかってしまう。




「えっと、えっと…手当て有難うございました。それじゃあ!」

「お、おい、ちょっと待てよ!」

「へ?」



あわてて荷物を持って駆け出そうとした俺を、銀髪の…じゃなくて、銀さんが俺の腕を掴んで止めた。



「あー…なんつーか、遅れそうなのは俺のせいでもあるしな、送ってくわ。」

「言っときますけど、100%銀さんのせいですからね。」

「え…でも…。」


「疾風、黙ってお言葉に甘えるヨロシ。」

「あ、…うん。」

「じゃあ、行くぞ。」



そう言うと銀さんはさっさと外に行ってしまった。
俺は残っている二人へお辞儀をして別れた。

神楽はまた絶対遊びに来るアル!ともしも用に買っておいた煎餅を齧りながら言われた。
でも、俺、遊びに来てた訳じゃないんだけど…。
ていうか、煎餅については何も言うまい。



玄関の引き戸を開けて外に出ると、太陽が真上から照り付けていた。
さっきまで朝方だったのになぁ…。

そのとき周りが屋根ばかりだったので、今までいたところが二階だと気がついた。
今まであんなに騒いでたのに下は大丈夫だったのか?
不思議に思いつつも下に降りると、銀さんがスクーターの横に立っていた。
へぇ、免許持ってるんだ。意外。


って、いやいやいや、俺、コレに轢かれたんだったわ。危うく忘れかけてたわ。



銀さんは相変わらず仏頂面で、俺にヘルメットを投げてきた。
俺はあわててヘルメットを受け取り、被ってから後ろに跨った。



「それで、どこに行くんだ?」

「えっと、真選組なんだけど場所分かる?」

「…女中の面接?」

「いや、隊士の方だけど。」

「…オイオイ、マジかよ。」



そんな話をしながら、軽やかに走り出したスクーターに乗って、俺らは真選組に向かっていった。
道路から街を眺めると、ちょっと違った雰囲気に見える。
スクーターなんて乗ったことがないので、俺は落ちないように銀さんにぴったりとくっ付いていた。
俺も免許取ろうかなぁ…。




「そういえばさ、銀さんって何の仕事してんの?」

「……いや、その前にさ。その、なんつーか胸が…。」

「え、何て?」



銀さんの方を見ると、なんだか恥ずかしそう様な顔をしていた。
何だ、一体。
何か言いたいようだが、ヘルメットで聞き取りづらい上に風も強いから、何を言っているかさっぱり分からん!




「…いや、まぁある意味張り裂けんばかりにドキドキしてるけどね。
じゃなくて胸が……あたってるんだけど。」

「…え?ごめん、よく聞こえなかった。」

「いや、だから…いや、もういい。」



銀さんは呆れた様にため息を吐くと、がしがしと頭を掻いた。
俺も疑問には思いつつも、それ以上は追及せず黙って景色を眺めていた。



「…オィ、着いたぞ。」

「ぎりぎり間に合った!ありがとう、銀さんのお陰だよ。」



俺はスクーターから降りて時間を確認すると、2時の10分前だった。ギリギリだ!
続いて降りた銀さんにヘルメットを渡して改めてお礼を言うと、銀さんはあーうんとやる気のない返事をした。



「…あ、そうだ。コレ、渡しとくわ。」

「ん?名刺?…えー、【万事屋銀ちゃん】?」

「さっき言ってなかった俺の職業。まぁ、あいつらと三人でやってるんだけどな。」

「へぇー、万事屋ねぇ。」



三人ともなんていうか、自分とは違ってものすごく「濃い」感じだったから、
確かに、色々な仕事がくる万事屋の方が向いているのかもしれないな。
そんな事を思いながら名刺を眺めていた。



「今回の件もあるし、何かあったら一割引きぐらいで引き受けてやるよ。」

「一割引きって。」

「こちとら、そんなにサービスできるほど儲かってないっつーの。」

「はは、悪かったよ。じゃあ、ありがとう!」

「おぅ、頑張れよ。」




銀さんに手を振りつつ俺は真選組の玄関に向かった。
そういえば、面接って誰がするのだろうか。
あんまり怖くない人がいいな。





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