とある隊士の私小説

□第六話:敷居を跨げば七人の敵あり
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「ここか…。」



俺は市街地から少し離れた所にある、ある星の要人が所有する屋敷に来ていた。
仕事で多くの人が行きかう屋敷の前の道も、今は深夜近い為、人っ子一人いない。

俺は物音がさせないように、昼間から潜んでいた建物から出て、その屋敷の塀に近づいた。
素早く慎重に塀を乗り越えるとそのまま軒下に滑り込んだ。



「……。」



独り言もできないし、後は目的の場所へ向かうだけなので、その間に今回の任務にあたるまでの経緯を回想しようと思う。





第六話『敷居を跨げば七人の敵あり』





「単独で屋敷に潜入…ですか?」



ある日、午後の見回りの後に俺は副長の部屋に呼ばれた。
中に入ると、局長も座っていた。
二人に挨拶をして、向かい合うように座ると、局長は今回の仕事・・任務?について話し始めた。



「あぁ、全員出払っていてな。初めての密偵の仕事で単独は危険だと思ったんだが・・。」

「そうも言ってられねぇんだ。最近、攘夷志士同士の会合が増えてきて、攘夷活動も活発化してきてる。
一つの会合に何人も向かわせていたら人が幾らあっても足りねェ。」



確かに最近、兄さんも休みなしで飛び回っているらしい。
元からあまり密偵の人数は多くないし、安易にできるものではない。
俺に回ってくるのも仕方のない話だろう。



「分かりました。それで俺が向かうのはどこですか?」

「あぁ、ここから少し離れたところにある、ある天人が所有している屋敷だ。屋敷の詳しいことはこれに書いてある。」



副長にもらった紙には広い屋敷の内部の地図が書かれていた。
赤字で記されているところで会合が行われるらしい。
一通り見て、それをしまうと局長が渋い顔をしてこちらを見ていた。



「密偵の任務は初めてだし、なにせ一人だ。十分に気を付けて、怪我だけはないように。」

「はい。」





*****





「(…ここか。)」



そうこうしてる間にどうやら目的の部屋の下にきたようだ。
何人かの男の声が聞こえる。既に会合は始まっているらしい。



「そういえば、……み殿はまだこないのか。」

「いや、もうすぐ来ると連絡があった。」

「高杉殿の直属の部下でなければ、切り捨てるところだ。」

「あいかわらずお主は血の気が多いの。」



た、高杉だって!?鬼兵隊も関ってきているのか。
鬼兵隊はまだ京にいると聞いていたんだが、もう動いていたなんて…。
まさかの、ここが当たりだったか…鬼兵隊の誰がくるというんだ?
耳を凝らしてみても、どうやらその話からは逸れてしまったらしい。
ううん、失敗したなぁ。



「皆様、河上様がご到着なされました。」

「おぉ、通せ。」



かわかみ…?それが高杉の部下の名前か。
カサカサとゴキブリのように匍匐前進で床板の隙間まで移動する。
ここから「かわかみ」の顔を拝見させてもらおうか。
二人分の足音が近づいてくる。
俺は隙間から目を凝らして覗き込んだ。



「河上様をお連れしました。」

「……。」



ゾクリと肌が粟立つのが分かった。



「っ!!」



目を見た瞬間、全身が凍りついたかのように動かなかった。
かわかみは、サングラスにヘッドフォンという最近の若者のような飄々とした見た目だが、サングラスの奥にある瞳が冷たすぎる。
こいつは強い、そう直感が告げている。
今、こちらを見られた気がするが、気のせいだと思う。…思いたい。



「おぉ、遅かったですな。河上殿。」

「すまぬ。少し用事がおしてしまったでござる。」

「…それでは、本題にはいりましょうか。」



俺が固まった状態から動けたのは、本題に入ってからだった。
慌てて、意識をそちらへ集中させる。



「では、来週の水曜日のでよろしいですかな。」

「それでいいでござる。」



動けるようにはなったが、あいかわらず心臓はバクバクいってる。
それでもなんとか日にちと場所を頭にインプットする。
人数や内容もしっかり言ってくれたから、報告書は作りやすいかもしれない。



「鼠。」

「何と?」

「先ほどから鼠がいるでござる。」



唐突なかわかみの発言に場が凍りつく。
屋敷には多くの小間使いがおり、部屋は清潔に保たれている。
ネズミが、いるはずもない。
つまり、


ば、ばれたっ!?


河上の発言により、一気に部屋の緊迫感が増した。
ガタリとその場にいる全員が刀を抜く。



「何!?盗み聞きか!」

「おのれ!どこに潜んでおるのだ!」



部屋の中を探る音が聞こえる。
床下見られたら不味い。
俺は慌ててその場を見渡すと、本物の鼠が一匹。
何故か掴んでしまい、鼠が苦しそうな声を上げる。



「ここでござるな。」



かわかみの声が真上から聞こえ、とっさに鼠から手を離した。
その瞬間、ズダンッと床を貫く音が聞こえたかと思うと、目と鼻の先で鼠が刀に貫かれた。

ゆっくりと刀とともにあがっていく鼠を見て、小さく悲鳴をあげそうになったが慌てて口を押さえる。
刀が見えなくなると、俺は音をたてないように外へ向かった。
死ぬかと思った…。



「本物の…鼠?」

「これが人間である可能性もあるでござるから、これからは用心なされよ。ではこれにて。」

「河上殿!?」



声は聞こえないが、あのかわかみの気配が遠ざかっていくのがなんとなく分かる。
同じ方向でなくて助かった。
俺も急いで帰りたい。


床下から外へでると、体を伸ばすことさえせずに塀を飛び越え、黒装束を脱ぐ。
町人と同じような格好になり、黒装束は風呂敷に包むと俺は静かに歩きだした。
これで、屯所まで帰れれば仕事は完了だ。


ヒヤリとした感触が頬に伝わり、身を竦ませる。



「っ!!」

「待つでござるよ、子鼠。」



そのまま首元に当てられた刀がヒンヤリと冷たく感じる。
この声と気配はさっきの「かわかみ」のものだ。
後ろに立たれるまで気づかないなんて…。
冷や汗が止まらないが、町人の役は続けなければならない。



「な、何のことでしょうか?」

「誤魔化しても無駄でござる。お主の音は分かりやすい。」

「…音だと?」



こいつは音で人を見分けてんのか。
オーラとかそういうのが見える人がいるらしいが、そういうものか。
町人の役は止めた。全く役に立たなかったな…。



「お主の音は様々な曲が入り混じっているようでござる。まだ、音が定まってないでござるな。」

「それで、かわかみ殿はそのよく分からん曲の俺を始末しに?」

「最初はそう思っていたでござるが、興味が湧いたでござる。」


「は?」



斬られるとばかり思っていた俺は拍子抜けてしまった。
そして、刀が首元から無くなったかと思うと、耳元で小さな声で囁かれた。



「お主の曲が完成するのを、楽しみにしてるでござる。」



ゾクリと身の毛がよだち、すぐに後ろを振り向いたが、既に誰も居なかった。



「…これは、報告すべき?」



その問いに答えを返してくれる者は居なかった。

どちらにせよ、二度と会いたくないな…。





*****





「……はぁ。」



なんだかよく分からないまま結局帰ってきてしまった。
あのかわかみ・・河上?とかいうやつは、屋敷にいた攘夷志士に俺のことを言わなかったみたいだ。
楽しみにしてるとか意味が分からない。ホント何なんだアイツ。

屯所の前まで着いたとき、黒い影が蠢いているのが見えた。
驚いて刀に手をかけると、暗闇の中に見覚えのある顔が浮かび上がった。



「きょ、局長?」

「おぉ!?…あぁ、疾風ちゃんか。おかえり。」

「ええ、ただいま帰りました。…どうしたんですかその顔は。」



局長の顔は真っ赤に腫れぼったくなっている。
え?今日って局長休みじゃなかったっけ?
休みに顔腫れさせるようなことってあるかな?



「いやぁ、実はな今日菩薩に会ったんだよ。」

「は。」



何、何?意味が分からないんですが。
菩薩に会って顔腫れさせるってどういうことなの?
ちょ、頭混乱してきた。



「思い切って告白してきたら、怒られちゃってなー。」

「ちょ、待ってください。その菩薩ってどこで会ったんですか?」



いきなりは駄目だったかなーと、何時ものように笑う局長に混乱した頭で質問する。



「『スナックすまいる』だ。」

「…すいません、ちょっと当分話しかけないでください。」

「え?ちょっと疾風ちゃん!?」



やってられるか。
唯でさえ意味の分からない河上の発言で頭を悩ませているのに、この局長ときたら。
俺は慌てている局長の横をすりぬけ、自分の部屋に戻る。
さっさと書類をまとめて寝よう。

次の日、機嫌が悪い俺とそんな俺を見ていつもと様子が違う局長を見た皆は一様に首をかしげた。





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