とある隊士の私小説

□第七話:相手のない喧嘩はできぬ
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「局長ー?きょーくちょー!」



局長のサインがいる書類を手に、俺は朝から局長を探し歩いていた。
まぁ、朝といっても書類整理ですでに徹夜明けで、区切りのいいところで休憩がてらに探しているだけだが。
しかし、一向に局長が帰ってきている気配がない。
明日の朝一には出さないといけない報告書があるから、早く帰ってきて欲しいのだけれど。





第七話『相手のない喧嘩はできぬ』





「おい山崎。」

「副長、何ですか?」



そろそろ諦めて戻ろうかと思っていた頃、副長に呼び止められた。
副長も手に書類を持っている。
うわ、隈酷いな。寝てないのかな。



「近藤さん、どこにいったか知らないか?」

「いえ、今日は一度も見かけてないです。俺も探しているんですけれど…。」

「そうか…結構急ぎの書類なんだが。…なぁ、ちょっと外まで探してきてくれないか?」



副長は髪の毛を掻き毟ると煙草の煙を吐いた。
ニコチン臭い。
いや、ニコチンの匂いとか分かんないけどね。



「えぇー!そんな何処にいるか分からないのに、無理ですよ。」

「ついででいい。マヨネーズ買ってくるついでに。」



マヨネーズのついでに局長ってかなり失礼なんじゃないのか?
まぁ、仕事ほっぽりだして居なくなるような人だから言われても仕方ないかな。
というより、俺、またパシリ!?そして、またマヨネーズ!?



「俺も徹夜明けなんですけど…はぁ、まぁいいです。というかその隈大丈夫なんですか?」

「あぁ、これか。マヨネーズ二日以上食べていないからな…。」

「……。」



俺の中で副長の人間性が落ちた気がする。
マヨネーズ摂取しないと隈できるって…オカシイよな。
ふぅ、とかため息ついてんじゃねーよ。恋する乙女か。





*****





「…捜してこいって言ったって、こんな大量のマヨ持って捜せるわけないだろー!」



半場、やけくそになりながら買物袋を持ち直す。
俺の手には副長から頼まれたマヨネーズが大量に入った袋がある。
買うときの店員の冷ややかな視線が悲しかった。
もう、当分あそこのスーパー行けない…。



「おい、聞いたかよ!今から橋の下で女をかけて決闘があるらしいぜ!」

「へぇー、どんな奴?」



公園のベンチで休んでいると、前を歩いていた男たちが大声で通り過ぎていった。
決闘?そりゃまたけったいなことで。



「それが見た奴によると、一人は銀髪で一人はゴリラだってよ。」

「銀髪は良いとして、ゴリラって何なんだよ。」

「ストーカーだってさ。」

「なんじゃそりゃ。」



…ん?ゴリラ?…なんか嫌な予感がする。
銀髪ってのも聞き覚えがあるし。
仕方ないな。他にあてもないし、違うことを祈りながら行ってみるかな。

俺はベンチから立ち上がり、男たちが話していた橋へ向かった。
橋の手すりには、見覚えのあるチャイナっ娘が寄り掛かっていた。



「あれ?疾風アルか?」

「あー…神楽、とりあえず聞くけど、何見てるの?」

「今から銀ちゃんとストーカーが姐御をかけて決闘アルヨ。疾風も見ていくヨロシ。」



神楽の横から橋の下を覗くと、凛々しい顔をした局長が立っていた。


…最悪だ。


多分、神楽の横にいる人が今回の被害者の女性か。
確かに綺麗な人だけど、局長が惚れてたのは「菩薩な人で局長にアッパーする」人だからな…。
そんな人には見えないけど、人は見かけによらないって奴か?



「あの、もしかしてストーカーされてたのってあなたでしょうか?」

「え?まぁ…あなたは?」


「えっと実は…あのストーカーの部下でして…。」
「あ゛?あの糞ゴリラの部下だって!?」
「ひっ…は、はい。」



最初の表情とは一変して、ギロリと鋭い眼光で睨みつけられた。
絶対この人だ!!菩薩とアッパー紙一重!?
怖くて頭が回らないぜ、こんなの師匠以来なんだけど!

無言で般若を背負い、睨み付けてくるお姉さんの目線に耐え切れず、目をそらしてしまった。
無言の空間に耐えられず、頭は回らないが、口だけが回る。



「えぇと、すみません!あの局長、好きになると一直線みたいな人で、朝からあなたの話聞かされたり、好きになるってのはどういうことか俺たち部下に聞かせたりするんですよ!
毎回毎回真面目に聞くほうの身になってほしいですよね!局長ってば変なところで素直というか真面目なんですが、仕事にも力入れてほしいっていうか、いつも真面目に働いてんの俺たち下っ端じゃねみたいな!
っていうかこんなの関係ないですよね、すいません!」

「…ふふっ。」

「へ?」



お姉さんが急に笑ったかと思うと、般若から菩薩へ戻った。
印象は般若のまんまだけどね!
というか、何で戻ったのか分からないので声をかけようとしたら、銀さんが戻ってきてしまった。
そのせいでお姉さんに話を聞けなかった、ちくしょー。





「二度と私の前に現れないで。」

「暫く休暇をもらいます。」



ボロ雑巾のように銀さんをボコボコにした二人は夕日をバックに帰ってしまった。

ちなみに、決闘の結果は一応銀さんの勝ち。

一応というのは、銀さんが木刀に仕込んでおいた罠に局長がまんまと引っかかってボコボコに倒されてしまったことと、
その決闘の不当さにキレた神楽と新八が銀さんを局長並みにボコボコにしていっていったから、
どっちが勝ったかいまひとつ分からないからだ。

お姉さんと俺は呆気にとられてその一部始終を見つめていた。



「…あの人も不器用な人よね、丸く治めるどころかあの人が一番泥被っちゃって。」

「…そうっすね。」



さっきの恐怖のせいで敬語が抜けない。
ビビリながらお姉さんの方を向くと、さっきとは程遠い本当に菩薩のように笑みを浮かべていた。
あぁ、局長はこの人の笑顔に惚れたのかもしれない、そう思った。



「でも、私”たち”は分かってますから、ね?」

「は、はぁ。」



急に振られたので曖昧な返事をしてしまったが、何故かそれでさらに笑われてしまった。
そんなに変だったかな。

お姉さんはその後、これからも新ちゃんをよろしくね、と言って帰ってしまった。
…新八のお姉さん?
よく分からないが、未だに悶えている銀さんのもとへ向かうことにした。



「銀さん。」

「おぉぉ…あ?疾風じゃねーか、何してんだ。」

「いや、こっちのセリフだからね。何、部下のお姉さんかけて決闘してるのさ。」

「んだよ、見てたのかよ。だったら神楽たち止めてくれてもよかったんじゃねーの?」

「無茶言うなよ。最近の若者はキレると手がつけられないの、分かる?」

「お前も最近の若者だろ。」



大きくため息を吐きながら銀さんは立ち上がって、土ぼこりをはたいた。
頭のもじゃもじゃまで土にまみれて、銀髪が少し薄汚くなっている。



「ま、お疲れ様でした。後は俺がなんとかしとくから。」

「なんとかって何かできんの?」

「失礼な!俺は警察ですよ?ポリスメーンだよ。」

「いやメーンではないだろ、メーンでは。」

「ポリス…ウーマン?…エロいな。」

「めっ!子供がそんなこと考えるんじゃありません!」

「どうせそういう類のビデオあるくせに。」

「そ、そ、そんなもんあるわけないだろコノヤロー!」

「はいはい、嘘くさい嘘は止めて早く家帰れ。家宅捜索しますよー。」



まだぶつぶつと文句を言っている銀さんを帰し、とりあえず局長をどっかに運ぼうかと悩んでいると、
ザッと土の踏む音が後ろから聞こえた。


振り向くと、俺に今日一日を無駄に失わせた副長が立っていた。
副長は苦虫をかみつぶしたような顔で局長を見ると、俺に決闘の話を聞いた。



「あぁ、決闘しましたよ。俺見てましたもん。」

「止めなかったのか。」

「止める?無理ですよ、あんな真面目に闘おうとしてた局長を止めるとか。」



チッと舌打ちをしながらタバコを地面に落とそうとした副長。
だが、その前に携帯灰皿を副長に差し出した俺。
無言で携帯灰皿にタバコを入れる副長。
最近は地区によって歩きタバコも注意されるから、警察がキチンとした態度しないと、示しがつかないんだよな。



「卑怯な手で負けたのは?」

「まぁ、卑怯ではありましたね。相手も本気で戦うようなやつじゃなかったんで、予想はできましたけど。」

「闘ったやつのこと、知ってんのか?」



げ、まずい。言わないほうがよかったか。
予想以上に副長が、局長がやられて頭にきているみたいだ。
ここで銀さんのことを言ったら、今から斬りに行きそうだよな、仕事もせずに…よし、誤魔化そう。



「…い、いや、よくは知らないんですが、見た感じそんなでした。」

「見た目はどうだった?髪の色ぐらいは分かんだろ。」

「…銀髪です。」



目撃者もいることから嘘はつけそうにないので、仕方なく本当のことを言う。
なんだかもうひと騒ぎ起きそうな気がする。
こっちは書類だけでも手一杯だというのに、勘弁していただきたい。
さて、局長は副長に任せて、さっさと屯所で局長の手当の準備でもしようかな。



「じゃ、局長のことよろしくお願いします。俺、手当の準備しておくので。」

「お、おい!!」



一日無駄にさせたんだから、これぐらい許してほしい。
というよりも、流石に俺だけでは局長を背負って、屯所まで帰れないから当然の責務というやつだ。

俺は後ろから聞こえる上司の怒鳴り声を、颯爽とスルーして逃げ帰った。
ともかく、これで局長宛の溜まってた書類が全部提出できるぞ!


しかし、決闘の話を聞いてキレた隊員たちが、〆切り間近の書類を放置したせいで、
俺の徹夜(二日目)が確定したのはこれから数時間後のことである。





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