とある隊士の私小説
□第九話:人酒を飲む、酒酒を飲む、酒人を飲む
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「疾風ちゃん。」
「はい。」
局長と副長と俺、部屋には3人しかいない。
夕方、局長から一人で部屋に来るように言われていた。
神妙な顔つきな局長からは何時ものようにゴリラ顔…ではなく、武装警察のトップの顔であった。
「これは重大且つ危険な任務だ。…それでも行ってくれるか?」
「もちろんです。局長の頼みなら。」
「分かった。
…じゃあ、これはお弁当の代金だから。よろしくね。」
「はい!…山崎疾風、必ずや無事にお弁当を皆さんのところに届け、花見を楽しいものにしてみせます。」
「……何コレ。」
任務だと聞かされていた副長は頭を抱え、静かに突っ込んだ。
第九話『人酒を飲む、酒酒を飲む、酒人を飲む』
「それじゃあ、俺たちは先に行くから。よろしくね!」
「はい、了解です!」
局長たちを見送り、俺は部屋に一旦戻った。
今日は花見だ!
俺はその花見で食べるお弁当を、予約した店から受け取る係になっていた。
まぁ、つまりは下っ端の役目なのさ!…言ってて悲しくなってきた。
部屋着から着替えようと、何時ものように隊服を取り出したが、ふと気がついて手を止めた。
「…あぁ、今日は私服でもいいんだったっけ。」
最近は隊服ばかり着てるから、たまには私服でも着ようかな。
取り出しかけた隊服を仕舞い、男物の着物と洋服を取り出す。
今日は帰りも遅くなるだろうから、冷えても大丈夫なように着物の下には長袖を着よう。
女物でもいいんだけど、今日は自転車も漕ぐし、男物のが楽だろうし。
「じゃ、いくか。」
大荷物になることが予想されていたので、倉庫から引っ張り出しておいた自転車にまたがり、ペダルを踏み込んだ。
颯爽と街を進んでいると、他にも花見に行こうとしている家族連れやカップルたちがいた。
今日は特にいい天気だしなぁ。こりゃ場所取り大変そうだ。
確か、兄さんが場所取りの係だったはず。…サボってなきゃいいけど。
数十分後、兄さんがボロ雑巾になっているのを見かけるとは露知らず、俺は弁当屋までの下り坂を爽快に駆け下りていた。
*****
「まいど、ありやとやしたー。」
「どうもー…どっこいせ。」
弁当屋から心配されるほどの弁当を両手に抱えた俺は、自転車の前後の籠に置けるだけ置き、後はハンドルに引っ掛けた。
うん、まぁなんとかなるだろう。
なんだか旅館にいた頃を思い出すなぁ。
毎回、朝夕に市場から野菜や魚を貰いに行ってたっけ…うん、あれより全然楽だ。
「さて、行きますか。」
ペダルを踏むと、春独特の生暖かい風が頬を撫ぜていった。
こういう季節も嫌いじゃない。
*****
「皆、どこに「「花見関係ねーじゃん!!」」…向こうか。」
あの声は局長たちだ、何してるんだか…。
俺たち真選組が、また面倒を起こしたってマスコミに書かれてしまう。
というよりも、何で治安を守る真選組が団体で花見してるんだよ。
攘夷志士にこの隙を狙われたら…いや、もしかしたら攘夷志士も花見してるとか?
…この街は阿呆ばっかりか。
「何やっているんですか、大の大人が騒いで…万事屋のみんな。」
お弁当をその辺の隊士に預け、人の間をすり抜けると、局長たちと銀さんたちが向かい合って座っていた。
局長とお妙さんの前にはピコピコハンマーとヘルメット。
……何この状況。
「あっ!疾風アル!」
「…じゃあ、俺らが勝ったら疾風を置いていってもらおうか。」
神楽が俺に気がついて手を振ってくれた。
手を振り替えしていると、銀さんは俺を引っ張り横に座らせた。
意図が分からず、銀さんを見たが局長たちに挑発的な視線を送っていて話しかけられず。
そしてその光景に何故か嬉しそうな神楽とショックそうな近藤さんがいた。
「…置いていくとか何の話?」
「ちょ、銀さん!そんな勝手なこと!」
「いいじゃねーか、お相子で。」
「いや、だから何の話なんだよ。」
兄さんにでも聞こうかと立ち上がろうとしたら、銀さんが腕を掴んでいる為できなかった。
放置されっぱなしなのでムスッとしていると、新八が事情を教えてくれた。
要するに、花見の場所(と俺とお妙さん)をかけた叩いてかぶってジャンケンポン大会らしい。
…コイツら全員阿呆だ。
「それでは一戦目。近藤局長VSお妙さん!」
兄さんの声の後、二人が所定の位置へ移動する。
新八がお妙さんを心配して声を掛けているが、俺は必要ないと思う。
だってあの目は完全にキレた目だし。
「ねぇ、本気でお妙さんと局長を戦わせるのかよ。」
顔が引きつるのを抑えつつ、銀さんの服の裾を引っ張る。
振り向いた銀さんは微妙な顔をした俺に不思議そうにしつつも、流石にあのストーカーも手加減はするだろ?と言った。
だがしかし、俺が言いたいのはそういうことじゃない。
「違うよ、局長が…殺られる。」
「え?」
そう言った瞬間、対決していた二人の方から鈍い音が聞こえた。
顔が引きつるのを感じながら、音が聞こえた方を向くと、ヘルメットを被った局長がお妙さんに殴られて気絶していた。
…ルール、関係ねーじゃん。
「きょ、局長ォォォ!!」
「テメェ!何しやがんだ、クソ女!!!」
「あ゛〜〜〜〜〜?やんのか、コラ。」
「「「すんませんでした。」」」
怒り心頭だった隊士もお妙さんの眼に恐れおののき、直ぐに土下座していた。
だから、局長とは組ませない方がよかったのに…。
というより、何で関係ない銀さんたちも土下座をしているんだろうか?怖いのは分かるが。
「新八君、君も大変だね…。」
一人の女性に土下座している集団を見ながら、兄さんは新八にそう言った。
それに対し、もう慣れましたよ。と言った新八の顔はとても十代前半とは思えない、悟りを開いた顔だった。
…苦労したんだな、新八。
第二試合目、沖田隊長と神楽の試合が行われようとした時。
銀さんが突然立ち上がり、少し離れた所へ座った。
さらに、それに並ぶように副長もドスッと座り込んだ。
そして何故か、俺はその二人の間に座らされている。
「…あの、何で俺はここに?」
「花見で勝負っつったらオメー、そりゃあ飲み比べだろ。」
「万事屋、テメー今日こそはそのふざけた頭ごとしょっぴいてやるよ。」
「飲み比べなら、俺は関係ないですよね。それじゃあ。」
そう言って立ち上がろうとしたら、右手は銀さん、左手は副長に掴まれた。
またこのパターンかよ、勘弁してくれ。
無理やり解こうとしたが、指の一本もはがせなかった。こいつ等どんだけの力で握ってんだ!
仕方なしにその場に座ると俺の前に大量の酒瓶が置かれた。
「山崎ィ、テメーは酌をしろ。」
「えぇ!何で俺が!」
「まずは焼酎から飲んでいくとしよーや。疾風ー酌ー。」
「アンタら人の話、全然聞かないのな!」
酔っ払いのお世話を江戸でもすることになるとは思わなかったよ!
黙って酌をしていると、酔ったのか神楽と隊長の自慢をし始めた。
アンタら、なんだかんだいって仲いいんじゃないのか?
向こうでは隊士たちが俺の持ってきたお弁当を囲んで楽しげにお花見をしていた。
あーあ、俺も向こう行きたいなぁ…。
遠くを見つめていると、グイッと腕を引っ張られた。
「はっ?」
「なんだァ、疾風?大串君が扱き使いすぎて疲れちまったのか?」
「いや、え、大串?…というより離せ。」
銀さんに引っ張られたせいで、俺は銀さんのあぐらの上に俺がねっころがっている形になっている。
銀さんは酔っ払っているのか知らないけど、少し恥ずかしいので止めてほしい。
顔を覗き込まれているせいで立ち上がれないので非常に気まずい。
「俺は土方だ。…テメー、山崎は俺の部下だぞ。勝手にテメーが触ってんじゃねぇよ。」
「何ですかー?自分の所有物気取りですかァ?」
それはこっちの台詞だ。
さっさと離してほしい。
「コイツはな、幕府でも有名な大和旅館で最年少で働いてた優秀な人材だぞ。ウチ(真選組)で働いてもらわねぇと困るんだよ。」
「ふ、副長?」
「ぷぷー、苗字呼びしかできない初心さんにしてはスカしたこと言うじゃないの。」
「んだとコラ。初心かどうかは勝負してから決めやがれ。」
「そうだな、シロクロはっきりつけようじゃねーか。」
コイツら、話が完全に噛み合っていない。
二人は俺を置いて、立ち上がると一緒に歩いていってしまった。
遠くの方で「斬ってかわしてジャンケンポン!」という声と、大きなものが倒れた音がしたが、もう知らん。
「お世話お疲れさん。」
「…原田さん。」
「…さて、飲むか。」
「酌させていただきますよ。」
その後、俺は甘酒、原田さんたちは鬼嫁で飲み交わした。
*****
そして夜も更け、花見客もいなくなった頃。
俺と兄さんは昼に、花見をした公園にいた。
「はー、こうどうして俺たちは運が無いんだろう。」
「不運兄妹って言われたしね。」
夜になっても副長が帰ってこないので、誰かが迎えに行くことになった。
ほろ酔いの中、ジャンケン大会が始まった。そして俺たちがグー、俺たち以外がパーを出し、キレイに負けた。
なんだこの奇跡的な結果は!ふざけるな!
沖田隊長なんか隊長権限とかいってジャンケンにも参加してなかったし!もー!
「副長ー、ふくちょー?」
「あの人はいつもはキレてるけど、酒が入ると途端に駄目になっちゃうんだよなぁ…。」
キレてる、は二重の意味だったりする。
やれやれと肩を竦めていると、自動販売機に変な影が見えた。
近づいて見ると、副長と銀さんが自動販売機と一体化していた。
…ていうか、銀さんアンタもか。
「…仕方ないな。兄さん、副長のこと頼むよ。」
「いいけど、一人で大丈夫?」
「旅館で何回酔っ払いを運んだと思っているんだ。楽勝だよ。」
「分かった、じゃあ気をつけてね。」
兄さんはほぼ意識がない副長を背負って帰っていった。
さて、どうしようかな。
とりあえず自販機の取り出し口に頭を突っ込んでいる、飲んだくれの肩を叩いた。
のっそりと起き上がったが、どうやら状況がよく分かってないらしくボーっとしている。
「ほら、銀さん。万事屋まで送ってあげるから、立って。」
「あー、まだ暗いじゃねーか。もう少し寝かせてくれよー。」
「俺はテメーの母ちゃんか。」
ほら、と肩を貸すと、銀さんはよろめきつつも立ち上がった。
意識がある分だけ、副長よりマシかもしれない。
「万事屋まで送ってあげるから、感謝しろよ?」
「へいへい。」
副長を探していたので、今まで気がつかなかったが、月明かりに照らされた桜並木から、花びらがひらひらと舞い、輝いていた。
旅館の周りにも桜が咲いていたけど、江戸の桜もまた風情があるもんだ。
「…今日は満月か。あ!そういえば銀さん知っているか?かの小説家は外国語の“愛してる”をこう訳したんだってさ。」
「『月が綺麗ですね。』」
「あれ?銀さん知ってるんだ。本とか読まなそうなのに。」
「…前に教えてもらったんだよ。」
「ふーん、そんな風流な友人もいるんだなぁ。」
「まぁな。」
今度、大和さんたちに江戸の桜の写真でも送ってあげようかな。
昼とは違う儚さを見せる桜と月に見とれつつ、俺たちは万事屋へと向かっていった。
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