とある隊士の私小説

□第十二話:図南の翼
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乾いた発砲音が数度、部屋に響いた。
全ての的を撃ちぬき、イヤーマフを外し、後ろを振り向くと表情を引き攣らせた沼藤が呟いた。


「…俺の想像してたお休みと違う。」





第十二話『図南の翼』







○日 月曜日
週の始めということもあり、止まっていた書類が動き出し、書類整理に追われる。
なんと〆切が先週末の書類が届き、総務部が阿鼻叫喚に。
先輩が猛ダッシュで書類を片手に江戸中を駆けずり回り、なんとか事なきを得る。
俺は一日中書類整理だった。


▲日 火曜日
早朝の鍛錬後、午前中の見回りをつつがなく終える。
昼過ぎに総務部へ顔を出すとそこには死体の山。
なんでも昨日のあの書類に不備があったらしく、再提出を求められたそう。
不備の原因が書類を提出した奉行所のミスなのだが、どうやらその奉行所がきな臭いらしく、先輩に裏をとってこいと追い出された。
まだお昼食べてなかったのに…。


□日 水曜日
昨日の捜査の結果、書類も含め裏金などの多くの偽装がみつかった。
上との審議の結果、今からとっちめに行くそうで、「行ってらっしゃい。」と言ったら「お前も行くんだよ。」とのお達しにより、出動。


★日 木曜日
奉行所の件で発生した任務報告書の作成などの、雑務を行っていたら日が変わっていた。
なので昨日の分と合わせて記録している。
短い睡眠をとった後、遅めの朝食をとろうとしたら緊急集令がかかり、朝食を食べ損ねる。
集令の原因である、桂の目撃情報があった現場へ向かうと、何故か既にドンバチしている沖田隊長の姿が。
悲惨なほどに破壊尽くされた現場。
…夜まで現場の片づけに繰り出されるはめになった。


◇日 金曜日
今日は総務部の裏の仕事、つまり密偵の仕事だ。
詳しい内容は記載できない。守秘義務ってやつだ。
そういえば今日も局長があの人の元へ行ったらしく、先輩たちが「判子が…サインが…」と血の涙を流していた。


▽日 土曜日
今日は一番隊と合同で攘夷志士の集会に向かう。
意気揚々とバズーカの調整をしていた沖田隊長に不安が隠せない。
予想通り、開幕バズーカ。
しかも副長とついでに沼藤を巻き込む形で。
副長のストレスが向かう先は俺たちなのでやめてくださいマジで。
上司に肉体的+精神的に痛めつけられながらの業務はしんどい。


◎日 日曜日
一般の労働者の皆様の大半は休日であろう日曜日だが、
政府の犬、の学がある方こと、人手が足りないで有名な総務部には関係ない話である。

書類、密偵、現場、のループに総務部の皆々様は発狂寸前だ。
久しぶりに見かけた兄さんも、頬をさすりながら「あんぱん…。」と呟いていた。
あんぱん?




そして、月曜日のことだった。



「山崎、お前今日は休みになったから。」



祭りの事件からしばらくたった頃、突然の休みが入った。
どうやら入るはずだった任務に急遽変更があったらしく、人数が余ったそうだ。

副長曰く、その中で休みを取らず馬鹿みたいに仕事してた奴はお前だけだからお前が休みだ、とのこと。
馬鹿とはなんだ馬鹿とは。こっちは真面目に働いているというのに。
総務部のメンバーは皆死にかけやぞ!
まぁ、総務部のメンバーが救護室に運ばれた際には、作業肩代わりしてたから、俺が一番休んでいないことは確かなんだけれど。
なんだかんだと副長室から追い払われ、自室へ向かう。


何をしようかな…。
そういえば、今度の会議の書類がまだ途中だったな……。



ということで、部屋で意気揚々と制作していたら、
幾ばくかもしない間に、女中さんが掃除道具を持って訪ねてきた。



「疾風ちゃん、今日お休みなんだってね?」

「ええ、まぁ。」

「じゃあ何でお部屋で仕事してるのかしら?」

「いやー、そのー。」



言葉を濁していると女中さんは、やれやれとため息をついた。
どうやら副長に「どうせ言ってもあいつは休まないから追い出せ」と言われたらしい。
仰るとおりだと苦笑していると、お掃除できないから夕方まで帰ってこないように、と部屋を追い立てられた。
ひでぇや、自室なのに…。
しぶしぶ私服に着替え外に出たものの…さて、何処に行こうか。






*****





「いらっしゃい!活きのいい魚が入ってるよ!」

「大根一本100円!こんなに大きいのは滅多にないよー!」

「あら、奥さんお久しぶり。やせたんじゃなくて?」

「あらやだ、あなたこそ。」



町の人々の声を聞きながら、俺はあてもなくぶらぶらと歩いていた。
そういえば、朝から非番だなんて何時ぶりだろうか。
なんだかんだでバタバタしっぱなしで、見廻り以外でのんびり町を見て回るのは初めてかもしれない。



ワンッワンッ


通りの向こうから鳴き声が聞こえたかと思うと、犬が走ってきた。
足元でじゃれついて来たので、わしわしと撫でていると、同じ方向から女の人が走ってきた。


「ごめんなさい!その子、うちの子なんです!」

「そうですか、可愛いわんちゃんですね。お姉さんに似たんでしょうか。」

「かわ…え!?あ、あの…、その子!子犬で!まだきちんとしつけられてなくて!
…捕まえてくれてありがとうございました!」


お姉さんは走ったせいか顔が赤いまま、犬を抱えて走り去ってしまった。
小さいといっても犬を抱えて走るなんて、元気な人だなぁ。
呆けたようにお姉さんが走り去った先を見つめた。



―とうとう子犬を飼い始めたか

――子犬には躾が必要だよなァ?




「チッ……やなこと思い出した。」



高杉の言葉を思い出してしまい、思わず舌打ちをしてしまった。
祭りの後、副長の思いも空しく銀さんの正体はつかめなかったため、保留という結果になってしまった。
一方、俺は怪我が治るまでは事務作業ばかりで、高杉捜索の任務にはつくことは叶わなかった。


浪人男に撃たれた傷は治ったが、腹の虫の居所は悪いままである。
思い出したらイライラしてきた。誰か手合せしてくれないかな…。


屯所に戻って相手を探そうかと思っている時、見覚えのある顔を発見した。
近寄ると、女性に声をかけている真っ最中であった。



「こんにちは!俺、沼藤って言います。お姉さん、可愛いっすね!ちょっとお茶でもどうですか?」

「ごめんね、坊や。私、忙しいから。」

「ぼ、坊や…。」


ナンパしたもののあっさり振られて、沼藤はがっくりと肩を落としていた。
好みのタイプだったのにな…、と一人愚痴ているので、肩を軽く叩いた。


もしかして、さっきのお姉さんか?!
といった風に、沼藤が目を輝かせて振り向いたので、
俺は、携帯の録画の停止ボタンを押しながら微笑んだ。


「俺、山崎って言います。おにーさん、暇そうっすね!

ちょっと付き合えよ。沖田隊長にバラされたくなければ。」

「よろこんでお供させていただきます!」



沼藤は若干泣いていた。




******






「で、なんで、お休みの日に、疾風は、訓練!?」

「屯所では拳銃の訓練はできないだろ?」

「いや、そうだけど、そうじゃない!」



沼藤は頭を抱えて叫んでいた。
俺はイヤーマフと拳銃を台に置き、沼藤の方へ向きなおる。


「この間、お祭りあったろ。」

「あぁ、お前が腹に穴開けられたやつだろ?」

「そうだ。」

「高杉と交戦したんだっけか。」

「あぁ、高杉とその部下な。」

「それが、どうした?」

「銀さんがいなければ、俺は死んでた。」


淡々とした俺の発言に、沼藤は声を詰まらせた。
高杉は銀さん目的かどうかは別として、現場にいた。
俺はたまたま後だったが、先に高杉と1対1で出会っていた可能性も0ではない。
その場合、死ぬのは俺だ。


「高杉の部下に手こずって、高杉には触れることすら叶わなかった。」

「それは、」

「例え、高杉が一人だったとしても、俺は触れることすらできず、斬られるだろう。」


それぐらい、実力差が圧倒的だった。
ただし、それが刀同士であった場合だ。



「生憎、俺は手先が器用な芋侍だ。」

「い、芋侍?」

「沼藤も、俺が見る限り、器用な部類だと思う。」

「お、おう?」

「俺は、警察庁がもつ全ての武器を使いこなせるようになりたい。」


質で勝てなければ量、だ。


「頼む。俺の訓練に付き合ってくれ。」



俺は沼藤へ頭を下げた。
沼藤は、あーだかうーだか言った後、大きなため息を吐いた。
呆れられたか?



「何だかよく分んねーけど、要するに一緒に頑張ろうぜってことだろ?」

「まぁ、そうだけど。」

「水くせぇぞ。別に頭下げられなくても、一緒に訓練ぐらい付き合ってやるよ。」



俺が付き合うってんだから大船に乗った気になるといいさ、と沼藤は自身の胸を叩いて言った。
ありがとう、と言おうとした俺を沼藤は「但し!」と遮った。


「俺が近くにいるなら、絶対に俺も連れてけ!!疾風は一人で判断して何でも背負い込もうとするからな、この数か月でよーーく分った。」

「そんなことはない…はず。」

「いーや、俺には分かる!お前は器用でも器用貧乏だ!器用キングボンビーだ!」

「キングボンビー言うな。」

「でも、なんで俺に言ったんだ?器用さなら野戦に強い副長とか、密偵経験が長い退先輩でもいいだろ?」

「……から。」

「んー?何て言った?」

「……二人とも俺に対して本気だしてくれないから。」


むっとした表情で俺が呟くと、沼藤は少し考えた後、ニヤリと笑った。


「疾風、お前、可愛がられてるよなぁ。」



うるさいわ。今にギャフンと言わせてやる。




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