赤の書
□囁き
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『………おいで…』
(……声…?)
霞みがかった思考。ふわふわとまどろむ様に穏やかな気分の中、頭に響く甘美な声。
『……おいで…』
(……だれ?)
声は答え無い。ただ繰り返し甘く軟らかい声音で『おいで』と囁く。
『……おいで…』
( お前は誰だ? おいで、って一体どこに?)
まるで人間を誑かし魂を奪う悪魔の様に、まるで悪夢に魘れ泣きじゃくる子供をあやす親の様に。淫靡で甘美で軟らかな声。
『……キミの居るべき世界はソチラではない。だから、おいで…』
( ソチラ? 世界にあっちもこっちも無いだろう。 それよりお前は一体…)
『……ソチラに居る限り、キミは幸せにはなれない。だから、おいで…。
キミの悲しみを、痛みを、全てを癒してあげよう…』
( 悲しみ? 痛み? …そんなもの、俺には無い…)
『…くっくっく…私にまで偽る事は無いさ…。キミはいつだって周りを、自分ですら偽って生きて来た…。そうだろう?』
( …っ! そ、んな…こと…っ)
『……無い、とは言わせないよ…?』
( ………っ)
―――パァァァァ…
( ―――!?)
―――パァァァァ…
( なんだ? 急に光りが…。それに意識も…っ)
―――パァァァァ…
瞼の奥で光りが点滅を繰り返す。痛くはない。ただ、暖かい。まるで陽気な太陽の様に、煌々と光る満月の様に。暖かいヒカリ。
( …っ、意識が、霞んで…)
『……ココに居れば良い。私たちはキミを歓迎する。そしてきっとキミも、ココを気に入る…』
( 勝手に決め、んな…っ! 大体お前は誰だ!? どこに連れて行こうとしている!?)
『 あぁ、自己紹介が未だだったね…。私はナイトメア。今からキミが向かうのは“不思議の国(ワンダーランド)”。キミの望む世界だ…』
( ナイトメア? ワンダーランド? 新手のアトラクションか?)
『……くく。まぁ、似たようなものだ。…あぁ、そうそう。アチラの世界では誰もが“ゲーム”に参加し“ルール”に従って生きてる。キミも、キミの“ルール”に従い“ゲーム”を楽しんでくれ…』
( ざけんな! 俺はゲームなんて…っ…くそ、意識が霞む…)
『……それじゃあ、行っておいで…。キミの望む、キミの在るべき世界へ…』
( ―――!)
光りが世界を満たした。
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