Treasure

□追
1ページ/2ページ


 

†追†


誰かが誰かを大切に想う気持ち。その重さに耐えられず、いつも歯痒い気持ちに苛まれていた。
比べられるのはウンザリで、自分の存在すら否定されている気分だった。


一方通行な想い。
こんな感情馬鹿げてる。彼女は『俺』すら見てはくれてはいないのに。
彼女が好きなのは兄さんで、自分を通し兄さんを見ている。思い出してる。
報われない、こんな気持ち。


自分にとって相手が厄介な人間だと気付いたら関わらなければ良い。賢明な判断だ。
それなのに、涙で揺らいだ翡翠と、真っ直ぐな凛とした表情が頭の隅でチラついて離れない。
頬に走った僅かな痛みよりも、心の方が痛かった。





たまに展望室を覗けば、いつだって彼女はそこにいた。
そして声を押し殺し泣いている。泣いても死んだ人間は戻りはしないのに。


「馬鹿みてぇ」


いつもは見て見ぬフリ。なのに今日に限って心の声が外に漏れた。
また睨まれる。あの時と同じように、凛とした表情と翡翠の瞳で。


「貴方には…関係無いっ!」


涙を見せまいと、瞳を逸らし俯く。その目元は微かに紅く、躯は少し震えているように見えた。
一瞬身体の奥から湧き上がる感情、これは嫉妬だ。
らしくないと自嘲の入り交じった可笑しさが込み上げる。死んだ人間に、しかも自分の兄に嫉妬するなんて。


「関係あるって言ったら?」

「!?…ンっ!んーーーっ!!」


一方的な口付け。
最初は現実を、自分は兄とは違う存在なのだと解らせる為。
そして二度目のキスは、彼女に『俺』という存在を捩じ込む為の行為。
行き場の無い想いに煩わされるのはもうごめんだ。
いっそ拒絶され蔑まれれば諦めもつく。そんな自虐と衝動に任せての行動だった。


考えても考えても、自分の中で答えが一つしか出ない。一番面倒くさい感情。
彼女に惹かれている自分。





彼女が好きだ。



フェルトが…



フェルト・グレイスが---







「好き…だっ」





ぽつりと呟いた告白。来るのは二度目の平手打ちか、否定の言葉、はたまた軽蔑の眼差しか。


「なんでっ?」

「?」

「何で…そんな事言うの?こんな事するのっ?」


衝動に駆られて出た、告白の答えは想像していたものとはどれも異なっていて、拍子抜けだった。
濡れた翡翠の瞳から涙が溢れるのが判る。その事に酷く狼狽した。
何故、目の前の彼女は泣いているのだろう。頬を朱色に染めて、困惑した表情を浮かべるのだろう。


「…フェルト?」


予測とはあまりにも異なった反応。
彼女は自分を、少なからず疎ましく思っていた筈だ。その証拠にあれ以来一度も目を合わていなかった。避けられてる、そう思った。

そうなるように仕向けたのだから当然と言えば当然なのだが、何故か苛立ちを覚えたのは事実だった。


散々避けてたクセに何故今、彼女は自分を拒まない?


自身の中で生まれた小さな自惚れに胸が騒ぐ。より確かな証拠を求め、ゆるりと手を伸ばした。
しかしその手が彼女に、フェルトに触れる事は無かった。



†††††††




いいようのない不安の正体からただ逃げるように展望室を出た。あの日以来、常に胸にあった漠然とした不安。


ライルが恐い、そう思った。


近くにいると、自分が信じていたものがガラガラと崩れ去る、全部見透かされている気分になる。
自分で自分が判らない、そんな気持ちにさせられた。
それなのに、彼が気になって仕方が無いなんて矛盾している。
 

(私、どうしたの…?)


展望室から逃げる時垣間見た、彼の表情が脳裏を過ぎる。
自分の気持ちがもう解らなかった。


好きだ、と彼は言ってくれたのに。
同じ想いはしたくない。恐い、と何処かで叫ぶ自分。


解らない?
違う、気持ちの答えから自分はただ逃げたのだ。


















 

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ