novel

□天使のなみだ
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「ニール、見て!」

ばっと広げられた羊皮紙に綴られていた文字に、ニールは破顔する。
くしゃりと桃色の髪を撫でてやると、彼女は興奮したままの赤い顔で笑う。

「トレミーの試験、合格したんだな」
「うん」
「おめでとう、フェルト」

天界における、後方支援専門の最高位の称号・トレミー。
ガンダムマイスターに次ぐ誉れ高い称号の認定試験に、フェルトは見事最年少記録で合格した。
合格証書を大事に抱えて、信じられないと興奮して目を輝かせるフェルトは貴重だ。

「刹那は?一緒に合格発表見に行ったんじゃなかったのか?」
「うん。でも、今日はマイスター一次試験発表の日だから、受験生は集合かかってるの」
「あー、そうだったな」

これで刹那も試験を突破したなら、最年少記録だ。
毎年試験は行われているものの、現在のマイスターはニール含め3人しかおらず、いかに難関かよく示されている。
双子の兄の合否に、フェルトは不安そうな色を表情に混ぜた。
兄の優秀さはわかっているけれど…

「大丈夫、大丈夫。刹那にはこの俺が直々に教えてたんだぜ?先生はこれっぽっちも落ちるとは思ってません。」
「ニール…」
「ほらほら、ライルにも言ってきな。のけ者にしたら拗ねちまう」

フェルトを安心させるように笑って、ニールはフェルトの背中を押す。
面倒な性格をしている弟は、最近遊び歩いていることが多い。捕まえるのも一苦労だ。
フェルトが戻ってくる頃にちょうどマイスター一次試験合格発表も終わるだろう。

「ライル、には…最近避けられてるから…」
「あいつもなぁ…素直じゃないんだよ」
「?」
「気まずく思わなくて良いさ。アイツが馬鹿なだけなんだ。一言、合格したっつって戻ってきな」
「うん、わかった。行ってくるね」

フェルトはほんのり桃色かかった白い翼を広げて飛び立つ。
大事に証書を抱えて、手を振る眼下のニールに手を振り返した。

ライルは最近になってフェルトを避けだした。
ずっと意地悪したりからかったりばかりのライルはフェルトにとって苦手な人だったけれど。
根はとても優しくて甘えたな人なのだと知ってるから、フェルトなりに彼を好いている。
幼い頃より一緒にいた、身近な人が急に素っ気なくなってしまって、とても悲しい。
嫌われちゃったんだ…そうフェルトは思い悩む。
せめてワケくらい聞きたいけれど、拒絶が怖くて何も言い出せなくて。
今回のこれは、話しかけるチャンスだ。
昔のように話せたら、とフェルトはドキドキしながらライルを探す。
中々見つけられなくて、庭園でも石造りの柱や建物が崩れた外れの方に来てしまった。
さすがにこんなところにはいないかと思いつつ、一休みしようと足を地につける。

「!」

その時、物音がして、集中して気配を探ると、複数の人の気配を見つけた。
そっと気配を殺してそちらに近づいていくと、明るい歓談の声が聞こえてくる。
男1人と女が3人。…その男が、

「ライル…」

物陰に隠れて、こっそり窺うと女性を侍らせたライルがシニカルな笑みを浮かべて話している。
昔から遊び人だったが最近特に遊び歩いているライル。よく刹那が最低だと言って、ライルがからかって、喧嘩していた。
女性付き合いが派手なライル。近頃はさすがのニールもたしなめているのだが、どこ吹く風で。
フェルトの心は締め付けられていた。
こんなの、昔から見ていた光景なのに。どうして今さら心が痛むの。
どうして、ライルが女の人と楽しそうにしていることが苦しいの。
どうして、素っ気なくされて辛いの。
これじゃ、自分がライルのことが好きみたいじゃないか。
フェルトは証書を握りしめて、立ち尽くす。
足が動かなかった。

「今日、トレミーの合格発表だったのよ」
「へぇ、みんな受けてたよな。どうだった?」
「みーんな不合格!ライル慰めて」
「はいはい、難関だもんな。そう簡単にはいかねぇよ」
「でもぉあの子合格してたのよね」
「あの子?」
「フェルト・グレイスよ!あの子ども!」
「あぁ、フェルトね」

びくり、と身体が震える。
これ以上聞いてはダメだと本能は警鐘を鳴らし、理性も盗み聞きは良くないと訴えているのに、指一本、思い通りに動かなかった。

「私、あの子ダメなのよねぇ。無表情で無口で何考えてるのかわかんないもの」
「私も〜!子どもってもっと可愛らしいものよね」
「双子の兄もマイスター試験受験するほどの天才っていうし。あの子も無口無愛想よね」
「機械仕掛けなんじゃないのかしら。」
「天才児とか言われてるけど、2人とも薄気味悪いわよね」
「ライルはどう思う?」

どきりどきりと心臓が波打つ。
心に突き刺さる痛みと、ライルがどう反応するかの恐怖で、フェルトは死にそうだった。
影で言われる言葉に傷ついて、涙が浮かぶ。

お願い、否定して。
お願い。

祈るような想いも虚しく。

「まあ、そうだな」

耳を疑い、そして涙が弾けた。
足から力が抜けそうだった。もう、頭が真っ白だ。
それでもフェルトは翼を動かし、宙に浮くと弾かれたように全速で飛びさる。

無我夢中に、青い空を駆けた。



*****



「周囲にはそう見えるだろうなぁ」
「えーどういうこと?」

ライルは愛しい桃色の髪の天使を思い出す。
可愛く美しく成長したフェルト。
昔から好きだった。

「誤解されやすいんだよ、2人と、も…?」

すぐそばで見知った気配を感じてライルはその方向に気を向ける。
その気配はあっという間に移動し消えてしまったけれど。

「ライル?」

立ち上がって、気配があった場所へと足を向ける。
そこには数枚の淡く桃色かかった白い羽根が落ち、石畳がぽつりぽつりと水滴に濡れていた。
サーっと全身から血が引く感覚に襲われる。

フェルトが、いた。
聞かれた?今の会話を。
見られた?女を侍らす姿を。
愛しい愛しい少女、に。
そして泣かせた?

ライルは翼を広げると直ぐに消えた気配を追う。
誤解された。間違いなく。
後ろで自分を呼ぶ声がする。だがライルは無視して速度を上げた。

昔から好きだった。
想いは膨れ上がる一方で、手に入れたい衝動も強くなる一方。
耳に聞こえてくるフェルトを狙う男の多さに、嫉妬して。
理性がもたない。
そう思ったから少し距離をおいて、他の女で欲求を発散させた。
そんなことしてたら堕天するぞ、とニールに言われた。

「くそ、」

誤解だ、フェルト。
俺は、俺は――!



*****



よく前も見ずに飛んでいたフェルトの手を、誰かが掴む。

「フェルト!」
「せつ、な…」
「どうした?…こんなに泣いて、何があった?!」
「せつな…ううん、何でもないの」

双子の兄に心配かけまいとフェルトは無理やり笑う。
知られたら、刹那はライルを責めるだろう。
だから、フェルトは何でもないと言う。
そんな妹に刹那は眉を寄せる。追及すべきか躊躇しているのだ。
優しい妹の気遣いを察しているからこそ。

「刹那、試験は?」
「ああ、合格だ。今合格者は召集されていて」
「なら早く行かないと!私なら大丈夫。ニールのとこ、行くから」
「……」
「刹那、お願い、」
「…わかった。絶対に真っ直ぐニールの所へいけ。いいな?」
「うん。」

一度ぎゅっと抱き締めあったあと、刹那は後ろ髪を引かれながらもその場を後にする。
フェルトがニールのいる図書館の方角へ行ったことを確認して、やっと安心して振り返らなくなった。
しかしフェルトは、刹那が見えなくなると直ぐに方角を変えた。
誰もいないところを探して、また涙が溢れるのを感じながら飛ぶ。
たどり着いた先は思い出の場所。古い神殿で今は廃墟となっている。
柱が倒れ荒れた聖堂、崩れて開いた天井から夕陽が射し込む場所にフェルトは蹲る。
声を押し殺しながら、止まらない涙を必死に拭いながら泣き続けた。

ライルは本当は、気味悪がってたんだ。
機械仕掛けだと、そう思っていたんだ。
今まで無理して、接してきてくれたんだ。
優しい人、だから。

そして今さら気づく。
自分は、ライルが好きなのだと。
大好きだったのだと。

悲しくて辛くて苦しくて痛くて。
ぐちゃぐちゃな感情は一向に落ち着く気配も見せずにただただ涙を溢させた。

「…っく、ふ…ぅ」

だから気づかなかった。背後に立つ気配に。
ばさりと音がして、大きな影がフェルトを覆う。
影に気がついて振り向こうとして、しかしそれは出来なかった。

「フェルト」

背後から抱き締められる。腹部と肩に腕が回り、肩口にふわりと柔らかな感触がする。
フェルトの翼の上から、二回りも大きな翼が覆い、その翼はフェルトを包み込んだ。

「…っらい、る…」
「フェルト、やっと見つけた」

耳元で囁かれる声に、フェルトは慌ててライルの腕から逃れようともがく。
何故、どうして彼がここにいるの。
どうして抱き締められているの。

「やっ離して!」
「嫌だ」
「どうして?!気味悪いと思ってるのにっ無理矢理大丈夫なふりしないで!もう構わないでっ!」
「嫌だ」
「素っ気なかったのも、冷たくなったのも、私のこと嫌いだからでしょ?!もういい、もういいから、ハッキリ言ってっ!」
「違うッ!」

激しい声にビクリと怯え、フェルトの動きが止まる。
そして気づく。ライルの震えに。

「誤解だ、誤解なんだフェルト。俺は、お前のこと好きだから…だから」
「…え?」
「好きなんだ…ずっと前から、好きで仕方なくて欲しくて堪らなくて」
「な、ら…どうして」
「そばにいたら、無理矢理俺のものにしちまいたくなる。理性がもたなくなる。だから俺は――俺からアンタを守るために」

遊んで気を紛らわして、避けて…挙げ句こんな泣かせちまった。
そんなライルの告白を、フェルトは瞳を大きくしたまま聞いていた。
嘘だ。そう思うにはライルの声はあまりに切実で。

「頼む…信じて」

その震えは真実を物語っていて。
フェルトは、翼を震わせ振り返った。
泣き出しそうなライルの顔が見えて、くすりと笑ってしまう。
ああ、心が凪いでいく。

「だいすき」

彼の頬に口付けると、彼は表情を一瞬歪ませてフェルトの唇をとらえた。

「…愛してる」


そして翼を広げて2人、抱き締めあった。






オマケ↓


「歯ぁ食いしばれ!」

フェルトと二人仲良く帰ってきたライルに待ち受けていたもの。
それは刹那の鉄拳制裁だった。
もちろん一発ではない。
扉を開けた瞬間に言われ殴られ吹っ飛ばされ、更に殴られた。

「俺のフェルトを泣かせた報いだ」(絶対零度)
「せ、せつな…」(きゅん)
「えっときめいちゃうの?!て、兄さんっ助けて!」(懇願)
「やなこった。フェルト、先に中に入ってようぜ」(にやり)
「フェルトーっ」(泣)
「よそ見をするなっ!」(バキィッ)
「ッギャーッ!!」


おわれ

刹那もニールもご立腹。
きっと今現在フェルトは兄とライルなら兄をとるに違いない。
8888番唯雫さまに捧ぐ。



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