薄桜鬼

□一度と云わず何度でも
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旧1万打御礼
title byAコース






「有処ちゃん!」

「?何でしょう、藤堂さん」

「…。」

「…。」

「……何でもない」

「…わかりました」



何なんだろうこのやり取り。

不快なわけじゃないし、話せるだけでも嬉しいけど、でも。
…気になる……!


恋仲になってから数日、藤堂さんと私の間で頻繁に繰り返されるこの会話。
彼が私に何か言いたいことがあるのは明白だ。
だけどその内容が、皆目見当もつかない。

何かしでかしてしまったんだろうか?
流石に別れ話の類ではないと思うけど。



「有処ちゃん、手があいたらこっちきて一緒にお茶飲もうぜ」

「はい!」



やっぱり好きじゃなかったとかなら、こんなこと言ってくれないだろうし、第一店に来ないだろうし。
でもだからと言って、他に思い当たることがあるわけではないんだなぁ。


段々と客足も少なくなってくる時間だったので、すぐに暇になった私は急須と湯呑みを持って藤堂さんの向かいに座った。
嬉しそうに笑ってくれる彼に鼓動が速まる。

ああ、もう。苦しいなぁ。
胸の苦しさとは裏腹に、自然と私にも笑みが浮かんだ。



「お疲れさま」

「ありがとうございます。藤堂さんは夜はまた巡察ですか?」

「んー、うん、まあ」

「お気をつけて下さいね」



彼を案じた言葉を発すると、藤堂さんは心得たようににやりと口の端をゆがめた。



「勿論!怪我して逢いに来れなくなったりするわけにいかないし?ま、ちょっとやそっとぐらいなら来るけどさ!」

「だ、め、で、す。そんなことになったらきちんと療養して下さい。余計に心配じゃないですか」



はあ、と小さく息を吐きながら諭すと、藤堂さんはへーい、と全くわかっていない声で返事をしつつ苦笑した。

私の心配なんて全くわかってない藤堂さんを見て思う。
もし彼が本当に怪我してしまったら…、しかも、命に関わるような傷を負ってしまったらどうしよう?

そんなこと少しだって考えたくなくて、頭をふって打ち消した。


急に黙り込んだ私をいぶかしんだ藤堂さんが、窺うように覗き込む。
そんな彼の袖をきゅっと握った。



「?有処ちゃ、」

「本当に、気をつけて…ください」



藤堂さんの目を見つめて言えば、彼は数度瞬きを繰り返す。
何か変なこと言っただろうかと悩み始める頃、漸く彼は嬉しそうな表情を、むず痒そうに形作った。

小さな咳払いを一つ響かせてから、藤堂さんの袖を握りしめていた私の手のひらに、彼の手のひらがそっと重ねられた。

安心させるような彼の声色が私の中に響く。



「出来るだけさ、怪我したりしないって約束するよ。絶対有処ちゃんに心配かけさせたりしないから」

「…はい。藤堂さん、」

「…あー…。その、さ。藤堂さんってもうやめない?」

「…え?」



聞き返すと藤堂さんは、照れくささからか頬を染めながら、だけど真っ直ぐな視線はそのままに言葉を重ねた。



「名前で、呼んでよ」

「…いいんですか?私が、呼んでも」



戸惑う私に藤堂さんは小さく笑う。


…赦されたような気が、した。

本当は、未だどこかで本気にしていなかった。
藤堂さんが私を好いてくれているなんて、都合のいい夢を視ているだけなんじゃないかって。


だけど。



「有処?」

「…へ、すけ、さん…」



優しく促す声に背中を押されて呟けば、満足そうな彼の笑顔。
ああ、これは嘘じゃないんだ。
こんなに幸せでいいのかな。

胸の上に手を置いて幸せを握りしめていたら、はあああと目の前からため息が落ちてきた。
知らず下がっていた目線を移せば、耳まで赤い顔を手で覆った彼がいた。



「ど、どうかしましたか…?」

「……俺、ほんとはずっと前から、有処に名前で呼んで欲しかったんだ。今日も言おうと思ったけど、やっぱり中々言い出せなくてさ。やっと、言えた」


なあ、もっかい、呼んで?









私だってずっと呼びたかった。
…平助さん、って。










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