薄桜鬼 2

□雨色の幸福
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くんくんと、鼻を上にして匂いを嗅いだ。
大きく空気を吸い込んで吐き出す。緩む口元を手のひらで隠した。
辺りを見回して、誰もいないのを確認する。
……今の、誰にも見られてなかったよね?


湿った匂い。いつもより色濃い、大地の薫り。

今日は、久しぶりに雨が降る。












床を踏む音が聞こえて振り返る。
そこにいた人物と目があって、私たちは互いに顔を綻ばせた。


「源さん、こんにちは」
「こんにちは、有処さん。これから夕食の仕込みかい?」
「はい。……あ、お味噌が足りなさそうなんですけれど、買い置きってありましたか?」
「ああ、確かこっちに……」


源さんが棚の一つを覗いて探る。しかし、そこに探し物の影はなかった。


「おや……。きらしてしまったみたいだね」
「……じゃあ私、ちょっと買ってきますね!」
「そうかい?悪いねえ」


軽くなる足取りを、不審に思われないように気を付けながら勝手場を出る。
置いてある傘には見向きもせずに、寒空の下を歩き出した。

冷たい風にさらされて、寒いと思っていたはずが、後ろから刺さる陽のおかげですぐに暑くなる。
かと思えば、流れてきた鼠色の雲が、冬の日差しを覆い隠した。
途端に首や頭が冷えて、小さく体を震わせる。

いつもの通りを歩いて、馴染みの店に顔を出せば、気のいい店主が味噌を大目におまけしてくれる。
やっぱり買い物は女が得だよなと、言っていたのは誰だったか。
礼を言って店を出ると、屯所を出た時とは打って変わって、今にも泣きだしそうな空が私のことを待っていた。
右足を前に出すと、乾いた土が輝く滴でじわりと滲む。雨だ。とうとう降り出した。

買ったものが濡れないように、しっかりと抱えなおす。
屋根の下から抜け出ると、降り出した雨に慌てて店に入ったり、家路を急いだりする人々の姿。
頬を冷たい雫が伝っていって、そのこそばゆさに目を細めた。


「有処!!」
「っ!?」


帰ろうとする私の目の前に、立ちふさがる誰か。
空を見ていた視線を下ろすと、怒ったように口を引き結ぶ誰かさんの顔。
左手に目を移せば、彼の手には一本の傘が握られていた。

心配して、迎えに来てくれたんだ。

雨が降るってわかった時より、もっとずっと、頬が緩む。


「迎えに来てくださったんですか」
「……源さんに、有処が嬉しそうに出かけて行ったって聞いたから、絶対そうだと思って」


嬉しそうに?おかしいな、隠してたつもりだったんだけど。

平助さんが私の上に、そっと開いた傘を差し向ける。
ぱたぱたぱた、と、小気味のいい音に聴きほれた。
濡れて帰ろうと思っていたけど、やっぱり傘もいいものだ。


「風邪ひいたらどうすんだよ。冬だぜ?!何月か知ってるわけ?」
「でも、風邪ひいたことないですもん」
「そういう問題じゃないし」
「はぁい」


私の返事に不満そうな顔をしながら、平助さんは空いている右手を差し出した。
でも、彼の目の先は私が持つ荷物で。私はそれじゃあ少しつまらない。

左手を伸ばして彼の手を握る。
平助さんの面食らった顔が、何だかとても可愛くて、私は忍び笑いを漏らした。

荷物を抱えなおそうとすると、ぎゅっと握られた手の力が強くなる。

心臓が高鳴って、荷物を落としそうになった。
ふり仰げば、同じ傘の下だから、思っていたより近い顔。
目があって、小さく息を飲み込んだ。

慌てて目を逸らしたけど、静かに私を見つめる瞳は脳裏にしっかり焼き付いて、とても顔を上げられない。

そんな、ずるい。
さっきまでちょっと、怒ってたくせに。

すきって気持ちを伝えたくて、私は顔を上げられないまま、少し強く握り返した。



冬の雨は、とても冷たい。
雨音が支配する街の中で、右手と、この胸の奥だけは、幸せなあたたかさに満ちていた。






藤堂視点


2011 11/18


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