薄桜鬼 2

□雨色の幸福
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「あれ、有処は?」


いつもなら夕飯の支度をするのに、勝手場にいるはずなのに。
見当たらない姿に、源さんに向かって問いかけた。
ああ、と源さんは穏やかに笑って、彼女の行方を俺に告げる。


「彼女なら、味噌を買いに出かけたよ」
「味噌?」
「足りないねえと話していたら、自分が買ってくるって。……そういえば、なんだか嬉しそうだったけど、藤堂くんは何か知ってるかい?」
「嬉しそぉ?」


理由を考えて、俺の眉間に皺が寄る。
喜び勇んで出かけた有処。
ふと空を見上げると、店の立ち並ぶ方角が、暗い雲に覆われているのが見えた。


「……あいつばっかじゃねーの?!!」
「え?どうかしたのかい、藤堂くん」
「源さんありがと!俺ちょっと行ってくるな!」
「?いってらっしゃい」


置いてあった傘をつかんで、速足で街を歩く。
風を切る俺の頬に、ぴっと一筋の線が入った。
今度は右腕に、肩にと、あっという間に増えていく。
その冷たさに閉口した。

雨が好きなのは別にかまわないけど、こんな寒い日までわざわざ濡れなくたっていいだろ。
風邪をひいたことがないらしい有処。いっそ一回引いてくれた方が、懲りてくれるのかもしれない。

右手の傘を握りしめて、楽しんでいるであろう女の姿を探した。

あ。


「――有処!」
「っ!?……あれ?平助さんだ」
「あれ?じゃねぇよ」


袋を両手で抱えた有処が、俺の姿を認めて近づいてくる。
だろうと思っていたけど、やっぱり彼女は傘を持ってなくて、俺は呆れを隠せない。

なのに、有処は俺が傘を持っているのを見て、嬉しそうに破顔するから。

その表情から目が離せず、傘を握る手に力がこもる。
呆れてたことなんか、一瞬で忘れちまった。


「傘持って行かなかったの、よく気が付きましたね」
「わかりやすすぎるんだよ。つーか、いつもだろ……」
「えーっと」
「風邪ひいたらどうすんだよ」


番傘を開いて、有処の上にかざす。
雨粒が跳ねる音に、彼女はうっとりと目を細めた。

立ち上る大地の薫り。
有処の好きな、雨の匂い。

彼女の持つ荷物を受け取ろうと、空いている方の手を伸ばす。
だけど彼女が差し出したのは、味噌の入った袋じゃなくて、何も持たない空の左手。

面食らう俺と、くすくすと笑う有処。
なんだか悔しくなって、強く彼女の手のひらを握りしめた。

有処は途端に笑いを引っ込めて、目元を紅色に染めて俺を見上げた。
近い距離に、心臓が跳ねる。
有処はすぐに視線を逸らして、静かに地面を見つめ始めた。

速くなった鼓動と、熱を持つ顔。
有処も、同じなんだろうか。
彼女の顔をのぞく前に、やわらかな衝撃が走った。

きゅっと強く握り返された手のひら。

――――ああ、もう。
お前は俺を、殺す気か。



肌寒い風も、冷たい雨も、嫌じゃなかった。
繋いだ手のひらは、こんなにもあたたかい。
すぐ傍に感じる温もりに、どうしようもない幸せを感じる。

照れた顔で俺を見る有処を見つめて、そっと繋いだ手のひらをひいた。





2011 11/18


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