薄桜鬼 2

□花信、風に乗せて
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「有処」
「なんでしょ」

呼び掛けたら振り替える有処。
艶やかな黒髪が、春の風に翻る。

ほんの僅かな悪戯心。
さっきまで散々左之さんや新八っつぁんに馬鹿にされまくってたから、自分も何かしたかっただけ。
今日はエイプリルフールだから。


「別れる?」


何気なさを装って、軽く軽く口に乗せる。
勿論そんな気はこれっぽっちもないし、頷かれることなんかねえと思ってるから言えたんだけど、ちくりと胸が痛くなった。

うわ、言わなきゃ良かった。
言った俺が痛手を受けるってどういうことだよ。


「エイプリルフールでしょ」
「おう」
「左之助さんたちにからかわれたから、八つ当たりだ?」
「なんでそこまでわかるんだよ」
「すきだからですよ」


悪戯っぽく笑う有処が前を歩く。
三歩先で立ち止まると、顔を俺に向けないまま、軽い口調で言葉を紡いだ。


「エイプリルフール、絶対何か言うと思ってましたから」


なんか変だな、と思った。

からかう声の調子はいつも通り。なのに、どこかおかしくて変な感じ。

そのまま有処は歩き出した。
俺のことは振り返らないで。

……あ、この違和感って。
有処が俺を見ないでしゃべってるからだ。


「……有処?」


名前を呼んでも反応はない。
ないけど、歩く速度が上がった。え、ちょ、速……!


「待て、ってば!」


慌てて彼女の左腕を掴む。あ、柔い……つか細……じゃなくて!

春一番って感じの強い東風が吹き抜けた。
声、聴こえない。目も開けてられねえし。くそ、風は黙ってろ。


「……そ…でも…、……やだ……な」


途切れ途切れの言葉が震えてる気がした。


「っ有処!」
「っわ、びっくりした。どうしました?」


言葉通り驚いた顔の有処が笑う。
……あれ?気の所為、だったのか?
泣いてるのかと思ったのに。

笑いが収まると、有処は再び前を向く。
その姿に再び生じるはっきりした違和感。

今こいつ、俺から目え逸らしただろ。


「さっきからなんなんだよ」


掴んだままの左腕を軽く引いて、俺の方を振り返らせる。
わあ、とか楽しそうな声をあげつつ、目を合わせようとはしなかった。


「有処?」
「……はは」
「……。」
「……。だって。……顔みたら、泣いちゃう……」
「…………は?」


ため息をひとつ吐いてから、有処が俺をにらみつける。怯んで腕から手が離れた。
有処、なんか……怒ってる?

え、とか、う、だとか、言葉にならない音を発してたら、首を傾げてへにゃっと笑った。
笑ったけど、なんでそんな悲しい顔してんだよ。


「うそでも、そういうのはいやだなぁ」


俺最低じゃん。


悲しそうな笑顔に思い出す。それなりの長さを過ごしてきたけど、一度でも冗談でも、有処が俺に「嫌い」なんて言ったことがあっただろうか?


「ごめん」
「いいです。冗談ってわかってます。こっちこそなんというか、通じない女でごめんなさい」
「謝るなよ。俺がこう……空気読めないっつうか、無神経なのが悪いんだからさ」
「ほんとに」
「調子のんなよ」
「あはは!」


話変わりますけど、向こうの通りの桜が満開なんです。見に行きましょ?

今度は有処の方から腕を引っ張る。
されるがままについてって、俺より少しだけ低い彼女の頭を見つめていた。

ああもうほんと、なんで俺あんな嘘ついちまったんだろ。
数分前の自分をぶん殴りたい。
下らない嘘で好きな女傷つけるなんて、本当に、馬鹿だ。

ため息を堪えてたら、あ、と思い出したような声が小さく上がる。
有処はくるりと振り返って笑った。さっきまでの事が嘘みたいなしたり顔で。

……嘘、みたいな、?


「平助さん、今日エイプリルフールなんですよ」
「……お前まさかもしかして、」
「はーい、さっきの全部演技でした!吃驚しました?騙されました?」
「こっの……!おま、俺、本気で……!」
「私の勝ちです。ふふん」
「〜〜〜〜っ」


ふふん、じゃねえし!!
有処がそれはもう楽しそうに、繋いだ手をぶらぶら揺らす。

その顔があんまりにも楽しそうだったから、言いたいことは引っ込めた。

いいよ、有処がそれでいいなら。
俺が気付いてるってこと、わかってるかもしれないけど。
お前が気付かない振りをするならそれでいい。

本当は本当に、傷付いたんだってこと。
そう思われたくないってことも。


「桜、満開!」
「おー。すっげえな」


忘れないから。
傷付けたこと、その悲しい表情も。
倍にして返すから。
嬉しいこと楽しいこと、ふたり一緒の幸せな時間。


「団子売ってるぜ」
「つくづく花より団子ですね」
「お前の方が食べてるじゃん」
「私のはあれです。研究です」
「よく言う!」


ささやかな詫びに団子を渡す。
受けとる有処の幸せそうな表情は、見ている俺を幸福にした。






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