薄桜鬼 2

□ずっとという一瞬について
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ひやりと冷たくて乾いた風が、私たちの間をすり抜けていく。
寒いですね、と呟くと、さみぃな、と一言返ってきた。
もう、そうじゃないでしょう。
手の甲を彼のものに軽くぶつけた。平助さんは知らん顔だ。私が言い出すのを待ってる。言わせたいんだ、恥ずかしいから。

「寒いですね」
「……寒いな」

今さっきした会話を繰り返す。
お互いに譲る気はあんまりなくて、相手が言い出すのをただ待っている。ふたりとも考えていることは同じなのに、何をやっているんだか。
おかしくなって笑いがこぼれた。
くすくす抑えられない笑声に、なんだよと拗ねた声が耳をくすぐる。同時に軽くはたかれた手のひらに、堪えられなくてただ笑った。

かわいいひと。見上げると、怒ったように尖った唇と、仕方ない奴って呆れた眼差し。
まなじりの下がったその優しい顔が、とっても好きだってこと、知っててやっているのかしら。
手持ち無沙汰な手のひらで、彼の指先を握ってみた。

「うわっ冷てぇ!」
「あれ、今日は平助さんの方が手あったかいですね。珍しい」

寒さでぴりぴりする指先に、平助さんの体温が溶けてくる。
あたたかい温度に顔がほころぶ。胸の奥まで、ぽかぽかとあったかい。
再び溢れる笑い声に、ため息がひとつ降ってきた。

……あ、これ、私は温かいけど、平助さんが寒いかな。私が体温がとっちゃってるかな。

手を離そうと握る力を弱めたら、追いかけるように指が絡んだ。びっくりして見上げれば赤い顔。寒さの中に、照れを孕んだ。

「……へーすけさん」
「……なんだよ」
「手を、繋ぎたかったんです」
「……知ってた」

平助さん、私もね、平助さんも繋ぎたいなって思ってたこと、知ってました。

足下でくしゃりと音が鳴った。鼻をくすぐる、落ち葉から香る甘い匂い。
歩く度にかしゃかしゃと華やぐ音や、ふわふわ白くなる吐息のひとつひとつに暮れを感じる。

いつの間にか、またひとつの年が終わる。
揺れ動く時世の中で、私たちはいつまで一緒に居られるだろう。
わからないし、限りなど知りたくもない。
繋いだ手の温かさを、いつまでも感じていたいから。

「……時間が、止まってしまえばいいのに」
「?」

呟いたくだらない願望は、白い霞となって霧散した。
聞こえなくていい。知らなくていい。ふたりでいられるこの時間に、水をさしたいわけじゃない。

ぼぅっと白くなる息を眺めていたら、繋いだ手のひらを前触れなく思いきり引かれた。
転んじゃうかと思ったけど、顔面を平助さんの肩にぶつけて止まる。
はな、鼻潰れた!ただでさえ低いのに!

「有処あれ見ろよ、ほら!」
「え?」

彼の指が示す先には緑の生垣。その中に鮮やかな紅ひとつ。
近づいて触れれば、瑞々しくて柔らかな花弁の感触が、冷えた指先を優しく擽る。

「今年初山茶花だな」
「はい!」
「お、こっちも咲きそう」
「白もいいですね」
「まだ咲いてねぇけど、あっちの生垣は八重じゃなかったけ。俺八重も好きだぜ、なんか豪華じゃねぇ?」
「……よく、覚えてますね」
「えっ?あ、ま、……まぁ、なぁ」

平助さんの指し示す生垣は、確かに八重の山茶花が咲く生垣だ。
彼がそのことを覚えていたのが意外で驚くと、口元が拗ねた形になる。怒っちゃった?でも、びっくりしたんだもの。
ふいと逸らされた顔を追いかける。耳が赤いのは寒さだろうか。

「去年、お前が喜んでただろ」
「……え?」
「ここの山茶花が綺麗だって、来年も楽しみだって言ったじゃん」
「……言いました、……かも?」
「忘れてんじゃねーか!」
「ご、ごめんなさい!申し訳ございませぬ!」
「謝る気ゼロだな……!!」

びっくりした。そんなこと、覚えてたんだ。そんな、他愛ないことを。

――私が言ったから、覚えててくれたんだ。

「うわあ」
「はぁ?うわってなんだようわって。怒るぞ」
「だって、……うわあ」
「〜〜悪かったな女々しくて!!」

怒った。平助さん、引いてるんじゃないんです。
なんて言っていいかわからないだけなんです。
言葉って肝心なときにはいつも役に立たなくて、湧き上がる気持ちを正しく伝えるのは難しい。
でも、そのままで伝えるから、どうか真っ直ぐに届いてほしい。

「……平助さん、」
「……なんだよ」
「嬉しい、です。とっても、とっても。ありがとうございます」
「……別に、礼言われるようなことじゃないし」
「でも、嬉しいんです」
「そうかよ」
「はい」

八重、いつ咲くでしょうね。
またふたりで見にきましょうね。

そうだな、って返してくれる声が優しい。
幸せだ。一緒にいられて、手を繋げて、同じ景色を見て、同じ速度で歩いている。
言葉を交わせる。耳に響く声。触れる温度。幸せと言わずに、何と言う?

「……時間なんて、止まらなくていいですね」

止まってしまったら、全部会えなくなってしまう。
これから先にどんなに楽しいことや嬉しいことがあっても、時間が止まったら出会えない。
苦しいことも悲しいことも、それは沢山あるだろうけど。
でも、この人と一緒にいられる時間が、いますぐに終わるというわけでもないのに。平助さんと一緒に、今よりもっとずっと、幸せになれるかもしれないのに。
止まってしまったらなくなってしまう。
だから、止まる必要はない。幸せだからこそ、必要ない。

「……俺もそう思う」
「!……きこえてました?」

やだな、恥ずかしいことを聞かれていた。
まあでも、お互い様、かな?

「八重、いつ咲きますかね」
「さーな」
「二〜三日……じゃ早いかな。それくらいでしょうか」
「明日見にきたっていいけど」
「!明日、時間あるんですか……?」
「……っ、ちょっとだけだけどな!」

明日も大切な一日になる。
愛おしい今日という日のように。



ずっとという一瞬について







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