薄桜鬼 2

□結ぶ縁に恋い願い
1ページ/1ページ


首の後ろを、一筋汗が流れていくのを感じた。

これだけ髪が長いと、肩はこるし、そもそもそうするのが大変なんだけど……。
それでももうすぐ夏だし、上げたほうがいいかもなぁ。

見上げるには少し眩しくなってきた空を見つめて、私はよし、と小さく呟いた。


***

「こんちはー、……あ、……れ?」
「あ、平助さん!いらっしゃいませ」
「……有処、……だよ、な?」
「はい?そうですけど」


日が傾いてきても、暑さを感じるようになってきた初夏のある日。
いつも通りに有処の家が営む甘味屋を訪ねれば、目に入る誰かの後姿。

誰だかなんてすぐにわかる。ここで働いてる女の子は彼女だけだし、何より手前の惚れた女だ。
だから、普段と同じ調子で呼びかけた。そして呼びかけてから気付いたんだ。

あれ、有処ってこんなだっけ?

顔も、服装も同じだけど、なんかこう、雰囲気が……。
……?……髪、いつもと、ちがう?


「有処、髪……」
「ああ!これですか?暑かったのでまとめちゃいました。変でしたか?」
「い、いや、そうじゃなくってさ!……雰囲気、違うなって……」
「そうでしょうか?」


俺が口を開くと同時に、店の奥から彼女を呼ぶ声がした。
有処は笑顔で返事をすると、また後で、と言って背を向ける。
その時翻った、艶やかに光る黒髪が、俺の腕を掠っていった。

……う、わ。すげぇ柔らかい。
しかも、有処は普段長い髪を降ろしてるから、見る機会なんかねえんだけど。
今は彼女の白くて細い項がよく見えて、こう……って何考えてんだ俺は!!


「……へ……けさ……、平助さん、聞いてますか?」
「っうわっ!」
「あ、やっぱり聞いてなかった」
「わ、悪い」
「いえいえ。ご注文は?」
「あ、ああ……みたらし、三本……」
「承りました。……、……そんなに変ですか?それとも……嫌、でしたか?」
「へ?」


叱られた幼子のように、しゅんと悲しげに項垂れる有処。
どうやら俺が何も言わずにただ見ているから、勘違いをしたらしい。
嫌どころか、その、み、……見惚れてた、くらいなのに。

それにしたって、なんで俺が嫌がると思ったんだ?
俺の様子に、嫌がっているわけじゃないと気付いた彼女は、目元を赤らめて囁いた。


「お揃いだなぁと、思って……」
「…………ッ!!」


なんなんだこのかわいい生き物は!?

抱きしめてしまいたい。でも、人目がある。いやでも。けど、やっぱり、それでも、。
悶々と葛藤を重ねている内に、有処は俺が注文した、みたらし団子を取りに行ってしまった。
くそ、迷わなきゃよかった。

勿体ないことしたなぁと思っていると、戻ってきた有処が隣に座る。
人も少なくなったし、どうやら休憩を貰ったらしい。
嬉しそうな彼女の横顔に、俺の頬も自然と緩んだ。


「……また、見てる」
「……っしょうがないだろ!気に、なるんだからさ……」
「似合いますか?」
「……めちゃくちゃ」
「っ……、ありがとうございます……」


照れ隠しに茶を飲むと、隣で有処も同じことをしていた。

俺たちちょっと、似てきたかも。なんだか嬉しい発見だ。
彼女もそう思ったのか、くすくすと笑いをこぼしていた。


「髪、触ってもいい?」
「どうぞ」


許可を得て手を伸ばす。
やっぱ、有処の髪って触ってて気持ちいい。
さらさらで、柔らかくて…。手のひらからさらりと流れ落ちる。

夢中になって指を絡ませていたら、いつの間にか有処が俺の髪を弄っていた。


「……なに、してんだ?」
「なんでしょーねー」
「って、有処お前、」
「できた!正解は三つ編みでした。でも今髪紐持ってないので解けちゃいますね。残念」
「残念、じゃねえっつの!俺の髪は紐か!解け!」
「どうせ手を放したら解けちゃいますよ。平助さんの髪さらさらだから……ほら」


有処が俺の髪からぱっと手を放すと、編みこまれた髪が元通り真っ直ぐになる。
俺じゃなくて自分でやれよ。そう思って彼女の髪を三つに分ける。

……あれ?……これから、どうするんだ?


「がんばれ平助さん!」
「いやいやいや無理だろ!え?どうすんだこれ?」


有処は完全に面白がっていて、助けてくれる様子はない。
今更引き下がれなくなって、なんとなく交差させていく。

そのとき、ぷつっと何かが千切れる音が聞こえた。


「あ」
「あらま」


突然千切れた髪紐。
重力に従って、彼女の髪がすとんと落ちる。
有処は困ったように眉根を寄せた。


「……暑い」
「そりゃそうだろうな」
「髪紐これしか持ってないのに……」


切れた紐を目の前で揺らす。
端ならまだしも、中途半端なところで千切れてしまった髪紐じゃ、有処の豊かな黒髪は括れない。


「……ならさ、」
「?」


きょとんと俺を見る有処の顔。
ちょっとした座高の違いで、少しだけ上目になるこの顔が、実はすごく好きだったりする。
大きな濡れた黒曜石の瞳が、俺だけを見つめてる。
この後に何を言ったって、彼女はきっと笑ってくれるっていう勝手な自負と、期待はずれなことを言ってしまったらどうしようって僅かな不安。

けど、有処はいつも、俺に喜びや幸せをくれるから。


「今度一緒に、新しいやつ買いに行こうぜ。まあ、今日は我慢するしかないけどさ」
「……!はいっ」




春の陽光みたいに暖かい笑顔。
幸せを灯す小さな温もり。

守るよ、きっといつまでも。
俺がお前の世界を守るから。

だから、ずっと隣で笑ってて。




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]