BAJRA

□Getter!
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夢を、見る。

何故だか暗くて、だが居心地が良くて…安心出来る。



でも自分が何処にいるのかも、誰といるのかも、分からない。



でも、誰かがいるんだ。目の前で泣いてるんだ。

手を差し伸べようとすると、その見えない誰かは首を振って俺を拒絶した。



そして其奴は覆っていた手を少し下げて、口の端を持ち上げて、言う。





―――――儂から大事なものを奪うのは、だぁれ?










何も奪わねぇ、と答えると其奴は愉快そうに笑いながらさぁどうだか、と首を捻ってまた泣くのだ。



そして決まって其奴の後ろにはもう一人、見えない誰かがいる。


何も喋らず、かと言って何か行動するでもなく。

ただただ、泣いてる其奴を見つめている。



嗚呼…そんな奴より、俺を見ろよ。

俺だけを見ていれば良いんだ。
俺と、いれば良い。



そして歩み寄ってその見つめている奴に触ろうとすると、泣いてる其奴が俺の足首を掴んだ。





―――――ほら、ほら、やっぱり!奪う!!





余りにも強い力に眉間に皺を寄せると、更に其奴は言う。





―――――でも、違う。分かってるんだ。ただ、ただ、………嗚呼!





後ろにいる奴は、何もしない。ただ、其奴を見つめるだけ。





其れが何故か、酷く愛しいのだ。




















「梵ちゃんったら、また眉間に皺寄せてるー」

「……………勝手に入んな、時宗丸」

「だって小十郎が入って良いって言ったから〜」

「成実殿が煩いからだ」



辺りを見回すと、小十郎が盆に茶を三人分乗せて立っていた。

Shit!眠ってたのか…



だからあんな夢を見たのか。

政務中に居眠りをしていた自分を不甲斐なく思うと同時に、またこの小煩い小十郎から説教が始まるのかと思いきや、奴から出てきた言葉は意外な物だった。



「魘されているようにも見えましたが、如何なされた」

「…………魘されてた、だぁ?」



この俺が、か?
確かに足首に残る生々しい感触は嫌悪感すら生まれるが、魘される程嫌じゃあない。

だが小十郎曰く、苦しそうにしていたと言う。

では魘されていたのだろうか…?



しかし時宗丸は首を振った。



「魘されてる?違うわ。梵ちゃん、嬉しそうな顔してたもの」

「…………」



どっちだ。

その言葉に小十郎の片眉がひょい、と持ち上がったがすぐに納得したのかああ、と頷いた。



「あれは新しい何かを、玩具を与えられた小さい頃と同じ顔をしていたわ」

「何だ、それ」

「梵ちゃん昔よくあったじゃない。嬉しい事を表面に出さないで隠す癖」



…………確かにそんな事もあったな。何かガキ特有の訳の分からない拘りが。
じゃあ何か。俺は夢の中で子供みたいに新しい玩具を与えられて喜んでいると?



言い得て妙だな。
半分当たっている気がする。

確かに欲しいモノが其処にはあった。
欲しくて欲しくて、溜まらない存在…
姿も形もない、誰かを。


突然黙り込んだ俺を二人が訝しんでいると、外で小さく騒がしい声が聞こえた。



「…Ah?何か騒がしいな」

「左様ですね。少し様子を見て参ります。茶でも飲んでて下さい」

「待って、私も行く行く!」



そう言って湯飲みをコトン、と静かに置くと伊達軍知勇武将は素早く部屋を出て行った。

昔はまだのんびり過ごせていたのは幼い故だと気付いたのは、家督を継いでからだ。



大将ってのがこんなにも大変だとはな、と茶をぐいっと飲み干した。

兵達の命の重さや、民からの期待の重圧。

責任、とは何とも重苦しいものだな。



はぁ、と溜め息を吐いてまたあの夢へと思いを馳せる。


何故あんなに欲しがったのだろうか。何も見えない、何もかも知らないのに。そして触れようとして誰かに足首を掴まれる。誰だ?



そんな事を考えている間に、騒音がどんどん近付いてきているのに気が付いた。


小十郎にしては落ち着き無く、時宗丸にしては荒々しいその足音はまるで何かから逃げるように階段を駆け上がってるようだ。ついでにその後に続くように無数の足音。
遠くで時折聞こえる、ガキが侵入した、との声。



(物好きな小童がいるもんだ…)



こんな柄の悪い連中ばかりがいる城に来るなんざぁ、怖い物知らずだ。まぁ柄の悪い大将だから、しゃあねぇか。

夢の話はまた後で考えよう。考えても、答えは出なさそうな気がするし。










あれからどれ程時間が経っただろうか。
俺の首が欲しけりゃ真っ先に乗り込んで来るだろう小童は、幾ら待てども姿を見せない。それどころか気配すら、ない。
まさか油断させておいて奇襲をかけるつもりかとも思ったが、直ぐに頭からその線を消す。それなら初めから誰にも気付かれずに、物音も立てずにやって来るだろう。



(……変わったガキが紛れ込んだな…)



面倒な事になりゃあしなけりゃ良いが、と重い腰を上げて部屋を出た。





兵士達がバタバタと行き来しつつ俺に挨拶をして直ぐに捕まえるんで!と豪語して立ち去っていく。活きの良い奴は好きだ。兵士にも恵まれていると思う。

こんな俺によくついて、よくやってくれているとも。それは小十郎、時宗丸もだ。



欲深い人間になったもんだ。何も、失いたくない。

自分を信じ、命を賭して戦場に赴く皆々を。

ならば守るまでだ。
重い責任も、背負おう。
それを糧に牙を磨き、何一つ欠けぬよう、爪を立て、足を振り上げて。



ただ、何かが足りない…



何が…





―――ふと、小さく荒い息を感じた。

本当に小さな息遣いではあったが、何故そんな物が聞こえたのか。だけど疑問の前に安堵の息が漏れた。



自分が、行かねば。

誰にも先を越されぬように。

早く!早く!










真っ暗で何も見えない。だが確実に自分が欲したモノが、―――いる。





「Ha!Kittyが紛れ込んでやがるな」





スパンッ










「The Endだ」










Getter!



(嗚呼、ほら。やっぱり―――…奪う)





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