beatmania UDX
□【 別了 ではなく 再見 】
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よく、夢を見る。
それは、兄貴が家を出たときの夢だ。
何も言わないで。
別れも告げないで。
夜中、自分の刀と必要最小限の衣類や、自分の預金通帳を持って。
誰にも気付かれないで出て行ったときの、夢だ。
【 別了 ではなく 再見 】
今から思えば、前の日の兄貴は少し、おかしかったと思う。
どこが、って言われると……たくさん思い当たる。
たとえば、いきなり毎日の鍛錬に付き合ってくれた。
たとえば、家に帰った時に家の仏壇の前で、思いつめた顔で正座していた。
だから……気づけなかった俺が、悪いのかもしれない。
「慧靂。」
「? 何、兄貴。」
自分の愛用している刀の手入れをしていたら、兄貴が不意に部屋に入ってきた。
別に隠すようなものも無いから、声もかけずに入ってきたことだけに苦情を言うと、少し申し訳なさそうに、しかしそのまま中に入って来る。
「兄貴? どうかしたのか?」
「……いや、ちょっとな……」
どっかと、俺の前に胡坐をかいて座る。
本当に、どうしたのか。
「……慧靂。」
「なんだよ、らしく無ぇな。」
言いよどむ兄貴に、眉を寄せる。
いつもなら、もっとはっきりと物を言うのに。
「すまない。」
「は?」
何に謝っているのだろうか?
記憶を辿ってみても、兄貴に謝られるようなことは何も……いやまあ、猫とか猫とか猫とか、そこら辺はあるけど。
それに関しては、兄貴が謝るとは思えない。
「……わけかわんねぇんだけど?」
「いや、ちょっと言いたくなっただけだ。」
「はぁ?」
「おやすみ、慧靂。」
言って、止める言葉も聞かずに兄貴は部屋から出て行ってしまった。
いったいなんだったんだろう?
そう思っても、わざわざ聞きに行く気にもなれずに、刀の手入れに戻る。
この後、俺は兄貴の後を追わなかったことを、ひどく後悔することになる。
「……え?」
親父が何を言っているのか、正直……わからなかった。
だってそうだろ?
朝、起きて。
朝食のときに兄貴が居ないな、とは思ったけど。
その後、親父の部屋に呼ばれて。
「もう一度言う。
士朗は、これ以降死んだものと思え。
これからは、お前が神崎家の後継者だ。」
わからない。
兄貴が居ない。
ただそれだけだろう?
どこかに、出かけただけじゃないのか?
そう言うと、親父は懐から一通の手紙を出して、渡してきた。
読め、ということだろうと思い、封を広げ、文面を読めば……それは、家を出る、という内容だった。
「兄貴……? なんで……」
神崎の後継者であることに、一番誇りを持っていたのは兄貴だったはずなのに。
どうして、家を出たんだよ、兄貴。
「……兄貴を探します。」
聞きたいと思った。
どうして、家を出たのか。
どうして、神崎を捨てたのか。
どうして、俺に何も言っていかなかったのか。
「……いいだろう、行って来い。」
「ありがとうございます。」
簡単な身支度をして。
部屋の中を簡単に整理して。
家を出た。
弟の慧靂であるとばれないように髪の色を抜き、肌を焼いて。
慧靂ではなく、エレキとして兄貴に接触した。
……俺には見せた事の無い顔で笑う兄貴の顔を見て、連れ戻す気は無くなった。
屈託無く、本当に楽しそうに笑っていた。
責任や宿命といった重荷をおろした、軽々とした顔で笑っていた。
俺が慧靂って分かってからも、その顔で笑ってくれた。
だけど、最近。
笑い方が、昔と同じになった。
屈託の無い笑みで笑う。
でも、ふと影が混じるんだ。
だから夢を見るのだと思う。
なぁ、兄貴。
何かあったなら、今度こそ俺に言ってくれよ。
力に、なりたいんだよ……
尊敬できる兄貴へ。
強い兄貴へ。
頼むよ、弱味くらい、見せてくれよ。
弟にくらい……弱味を、見せてくれよ。
END