beatmania UDX

□【夢と現の狭間にて】
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「それほど警戒しなくても良いだろうに。良いニュースを持ってきてやったのだぞ?」
「……いい、ニュース……?」
 その言葉に一瞬で冷静さを取り戻した士朗だが、その言葉の意味がわからずに眉を寄せた。
 良いニュース。
 何だというのだ。
「もう神埼に戻らなくても良い。」
「……え?」
「後を継がずとも良い、と言ったのだ。」
 にわかにその言葉の意味が受け取れず、士朗は言葉をなくし、まじまじと自分の父親の顔を見た。
 幾度も噛み砕き、味を確かめ、飲み込む。
 そう例えられるほどに、意味を理解するのに時間を要した。
「継がなくていい、って……」
「言葉の通りだ。裏の家業も、神崎の姓も、継がなくとも良い。」
 それに、光が見えた気がした。
 裏の家業は、絶対に継ぎたくなかった。
 古い仕来りに縛られた神崎の家も、大嫌いだった。
 それを、継がなくて良いというのだ。

 それは、光だった。
 光だと……思った。
 けれど。
「それらは、慧靂に継がせる。」
 その、一言に。
 思考が、一気に霧散した。
「な、んだって……?」
「どうした、喜ばないのか?」
「慧靂が継ぐとは、どういうことだ!」
 自分の父親に食って掛かれば、彼はくっと酷薄に笑い、真っ向から士朗を見返す。
 何を言っている? とでも、言いたげに。
「長男が継がないのであれば、次男が継ぐものだ。
 それを分かって、家を出たのだろう?」
「――――――っ」
 ―――うすうすは、士朗も感づいていたのだ。
 自分が逃げれば、慧靂がその責務を背負う事になるであろう事は。
 慧靂が、裏の世界に身を浸すことになるであろう事は。
 そう、分かっていたのだ。
「そういうことだ。好きに生きろ。」
 さっと、父親は身を翻す。
 これで、本当の意味で自由だ。
 神崎を継がなくて良い。
 何も縛るものは無い。
 エリカとも、このまま、ずっと……

 そんなこと、できない。

「待ってくれ!」
 士朗のあげた声に、彼は振り向かずに口元だけで笑う。
 そう、これは、彼が仕組んだこと。
「どうした? 何かあるのか。」
「慧靂には……そんなこと、させないでくれ。」
「他にどうしようがある? お前は、継がないのだろう?」
 神崎の血の中で、最も才能溢れる者、士朗。
 長男であり、後を継ぐべき者である、士朗。
 それが逃げるのであれば、弟が。
 それは当然だろうと、彼は言う。
「……っ」
 自分で決めたこと。
 少なくとも、士朗は、そう信じた。
「もう少しの間、時間をくれるのならば……」

 この時から、全ては変わった。

「裏の家業は、神崎の家は、俺が継ぐ。」







「手を汚すのは、俺で良い。」

 1月24日 午後10時15分
 暗殺者・神崎士朗が生まれた、瞬間だった。
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