オリジナル

□第一章 〜incontro〜
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 町の喧騒を離れ、しばし街道沿いに進めばここの名所である海にたどり着く。
 とは言っても波はいつでも荒く、砂浜も少ない為遊泳には向いていないのだが。
 そのおかげでここには人はめったに来ない。
 景色はいいのだから泳ぐ以外にも楽しめば良いのに、と彼女はつくづく考えていた。
 人の住む町の近くには魔物はほとんど出ないのだから。

「懐かしいなあ……」

 故郷に対する懐旧の念に捕らわれかけるが、頭を振ってその考えを吹き飛ばす。
 自分には、使命があるのだ。

「……あれ?」

 ふと、視界の端に何かが映った。
 銀色。
 それが、最初の認識。
 そちらから吹いてきた風に眉をひそめ、そちらへと歩みを進めていく。
 風に乗って運ばれてきた、鉄錆にも似たにおい。
 戦いの中に身を置く者にとっては身近すぎる、血のにおい。

「誰か居るの……?」

 銀色の見える場所へ向かい、そして絶句する。
 そこに居たのは、銀の髪を持ち、黒い喪服のようなコートを着た少年。
 自分と同い年くらいだろうか。
 気を失っているのだろう、ぴくりとも動かなかった。
 そして至る所に負った無数の傷。
 致命傷はないが、どれも放っておいたら死んでしまうような傷ばかりで。
 そんなの、今のような魔物の闊歩する時代では当たり前の事だ。
 不用意に魔物を刺激すれば、このようになる。
 けれど。

「刀……傷?」

 その傷は、爪でも牙でもなく、知恵ある者の使う剣による傷。
 盗賊……否。これは、一流の剣士の付けた傷。

「……あーもうっ!」

 何がなんだか分からないが、とにかくつれて帰らなければ。
 ここではろくな治療も出来ないだろう。
 それに、この人を放っておきたくないと本能が叫んだのだ。
 初めて見たはずなのに、どこかで見たことのあるような感覚。
 デ・ジャ・ヴ。
 この人を知っている。そう感じたのはこれで二度目だ。
 今旅をしている仲間は、皆そういう本能によって結び合わされた仲間だった。

「大丈夫ですかっ?」
「う……」

 肩を揺すれば、僅かに反応し……そして、目を薄っすらと開けた。
 はるかな空のように澄んだ蒼。

「大丈夫、ですか……?」
「……か……」

 僅かにこぼれた言葉を聞き取ろうと口元に耳を寄せる。
 そして、聞き取った言葉は……。

「え……?」

 自分の耳を疑って。けれど、それは確かなもので。
 聞き返そうとしたけれど、その時すでに彼は再び気を失っていた。

「なんで、この人……」


『――カオシェ……』


「……あの名前を……」

 夢の中に出てきたあの名前は、たしか。
 たしか、自分を形容していた名だった……。



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