さなにおさな通常版:4

□伝わる想い
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自分の対戦を終えてコートから出た仁王に声をかける人物があった。
「あれで全部?」
「なんだ、見てたのか」
帽子のつばを持ち上げて口元に皮肉げな笑みを浮かべる相手は越前リョーマ。
「お前さんはまだかの?」
「うん」
芝生に座ったままリョーマはコートを眺める。その先にいるのは王者立海大附属が誇る最強の二人。
「まっさかあの二人の対戦が見られるとはの〜。面倒やったが、これだけでも来る価値あったかのう」
「部内で試合とかしないわけ?」
「やらんちゅーわけでもないけどな。あの二人が滅多に対戦せんだけよ」
コート上の詐欺師と恐れられる男の目がすうっと細められる。
「で、さっきの話。アレで全力だと思えないんだけど」
「やぎゅの実力は本物ぜよ?」
「あの人も意外と性格悪そうだよね」
「そう言いんさんな」
「ふーん?・・・あ、こわい人がこっち見てる」
「どれどれ?」
わざと小さい方によりかかってコートを仰ぎ見ると帽子の下から指すような目線がこちらに向けられていた。
「おーおーはりきっとるのう」
「アンタのせいじゃないの?」
「ほうか?」
「そーいえば、あの人脚大丈夫なの?」
「そっちの部長さんこそ」
「あーあの人は、ね」
「見とればわかるぜよ」
優勝を逃してからは色々あった。
本来なら引退して今頃は高等部に上がる準備を始めている頃だ。
ラケットを持たずに背負った荷物の軽さに物足りなさを感じ、時間を持て余していたのも事実。
ぼんやりと屋上で雲を眺めたり、図書室で自習するクラスメイトを冷やかしたり。
何度か告白されたりもしたが、受験を口実に断ったりもした。
それは別な理由があるのだが。
その理由は今コートで己が認めた最高の相手との対戦に備えて静かに気を昂ぶらせている・・・はずなのだが、時折ちらちらとこちらに視線を感じるのは自惚れのせいだけではないだろう。
「この試合、見るまでおったらいけんのかのう・・・」
ため息とともに漏れた真実に苦笑して立ち上がる。
「見ないの?」
「勝ったのは柳生じゃけの」
「ね、さっきから喋ってるの日本語?」
「英語でもしゃべっとるよーに聞こえとーと?方言くらい英語でもあるじゃろ」
ひらひらと手を振ってクラブハウスの方へ歩いていく。
大方の予想は幸村有利だろう。
真田が今までに勝った事はない。
しかし
あれから色々あったのだ
奇跡を信じてもいいかと思って仁王は首を振った。
それこそ、あの男が一番望まない事だから。
どちらにしても二人が背負う立海大附属の名に恥じない試合をするだろうと思った。
それに縛られた時期もあった。
試合を純粋に楽しむ事も忘れて勝負にこだわり続けた。
今日はどんな試合をするのだろう。
本当は見ていたかった。
しかし自分は負けたのだ。
自分の試合だからと言ってぐずぐずと居残るような真似をアイツはのぞまないだろう。
だから
小さく
口だけを動かして
仁王はコートを後にした。
きっと伝わっている。
自然と笑みが浮かんだ。

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