さなにおさな通常版:2

□ダンボールいっぱいの気持ち
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短い間隔で鳴る電子音。
目の前には処方された薬の入っている紙袋とペットボトルの水。グラス。
手のつけられていない食事。
1時間前と変化のないデジタルの数値を睨みつける。

「予防接種なんぞいらん」
「受験生だろう。用心に越した事は無い」
「受けたんと違う種類やったら金がもったいないわ」
「たわけた事を抜かすな」
「とーにかーく。めんどくさいけん、いらん」
という問答をしたのが1年も前の事のようだ。
実際には1週間もたっていない。
冬休みを目前にした2学期の終わり。仁王雅治は悶々と自室に篭っていた。
インフルエンザと診断されてから隔離状態で家族も必要以上には接して来ない。普段ならありがたいのだが、病で気弱になっているとそれもしんどい。
3年生は授業もあってないようなものだが、文武両道を謳う自分の学校に於いて出席していない生徒は少ない。逆に授業がなくても出席しているだろう奴を思うとさらに頭が痛くなる。
あの押し問答をした時点で既にかっていたのなら、移しているかもしれない。しかし、さきほど届いた情報では、マスクこそしているもののけろりとした顔で学校にいるという。
癪に障るから自分の病名は伝えるなと柳生に頼み込み、感染している可能性もあるから近寄るなと告げた。
電話の向こうで失笑する気配は知らないフリで電話を切り、そのまま寝込んでいるというわけだ。

夕方にはまだ早い頃、何度もインターホンを鳴らされた。
薬と頭痛とだるさを言い訳にして仁王はベッドから動こうとしなかった。
しばらくして音は止んだが、そこでようやくこんな事をするのは一人しかいないと思い当たり身体を起こした。
勢いをつけたせいか、眩暈に襲われぐるぐるして吐きそうになる。
壁に手をついてよろよろと玄関まで歩き、覗き窓から外を見たが既に人影はなかった。

夕刻。家族がぱらぱらと戻ってきた気配で目を覚ます。
部屋に戻って携帯を探したがメールも着信も無く。切なさに胸の潰れそうな想いを抱えて布団に潜り込んだらいつのまにか眠っていたようだ。
「なに、アンタ泣いてたの?」
いつのまにか部屋にいた姉に図星を突かれ、ごまかすように仁王は眉をしかめた。
「声でかい。…眩しい…」
弟の病名に一番騒ぎ立てた姉がケロリとした顔で侵入している事を含めて抗議すると、目の前に黄色いモノをつきだされた。
「アンタ、またご飯食べてないし。ね、これもらってもいい?」
近づけられすぎて何かわからなかった物体はわずかに残っていた嗅覚で柑橘系だと知れた。
「もらっていい?ってなんで俺に聞くんじゃ?」
「ミカンがダンボール箱で置いてあったんだって。表にはアンタの名前が書いてあって」
ほら・と続いて突き出された紙には、毛筆で仁王雅治殿とあった。
「それ1個だけじゃ」
「は?」
「他は全部俺のんじゃ!」
「は?何言い出すの」
姉を突き飛ばすようにして部屋を飛び出した仁王はリビングの真ん中で家族の注目を集めている箱を掴むと、力の入らない身体で持ち上げようとしてよろめいた。
床を引きずろうとすると母に叱責され、それでも諦めない息子に眉をひそめながら下の息子に運ぶよう言いつける。
「まったく、なんだってのよ」
唯一残ったミカンを剥きながら姉がこぼす。
弟はおこぼれに預かれなかったようだ。
「そういう年頃なんでしょ。それより・・・」
床に傷がつかずに済んだ事を安堵しながら夕飯の支度を始めた母親は、誰からの贈り物かわからなかったとため息をこぼす。
「雅治の名前しか書いてなかったけど、それ聞いたらアイツ顔色変えちゃって」
「毛筆で?」
「そ」
不審がる家族をよそに大事な贈り物を死守した仁王は、あの渋面にどんなペテンをしかけてやろうかと墨書をながめては頬が緩むのを堪える事ができなかった。

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