さなにおさなパラレル

□コギツネこんこん夢の中
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冬のある日、真田はコギツネを拾った。お腹を空かせて寒さに震える姿を見て放置しておく気にはなれなかった。
近所に住む子供たちが時折からかいに来たが、コギツネは健気に真田の傍を離れようとはしなかった。
コギツネには人を化かす力があったので人々はいい顔をしなかった。真田にも早く手放すようにと薦める者もいたが、療養で訪れている真田は迷信だからと馬鹿にするわけでもなく、ただコギツネの愛らしい姿に癒されるのだと語り、事実険しいばかりだった表情に時折笑みも浮かぶようになった。
コギツネは真田の膝に座って字を習い、真田の手から餌を食べ、真田と同じ床で眠った。風呂はかなり抵抗していたので柔らかい毛を毎日梳いてやると嬉しそうに目を細めた。無意識に揺れる尾に吹き出すとコギツネは真っ赤になって小さな拳で真田の膝を叩いた。ぷっくりと頬を膨らませるのであやすように撫でると件の尻尾に払いのけられた。お互い成す術もなく一日そのまま動けないでいたが、先に小さい手が着物の裾をおずおずとにぎりしめたから、抱え上げてやるとしゃくり上げて泣き始めた。
そうして長い時間風に当たっていたものだから、真田はしばらく床から起き上がる事ができなかった。頑強な見た目とは裏腹に抱えた病は命に関わるものだったから、コギツネは枕元を離れようとせず、真田の名前を呼んだり水分を取らせたり汗を拭いたりと出来る限りの看病に日々を費やした。
夢の中で生まれ故郷や親兄弟、初恋の人やらかつて訪ねた土地などが鮮明に蘇り、真田は現との間をさ迷っていた。そんなある日、コギツネの前に男が一人現れた。
男は、真田の願いを叶えてやる事ができれば一人前として認め、里に帰る許しを与えようと告げた。コギツネはこの瞬間を待ち侘びていた筈だった。人間の願いを叶える事で大人の仲間入りをして里に帰り、同じ様に認められたメスと子孫を増やし里を繁栄させていくのだと小さい頃から聞かされていた。コギツネの一族は特異さ故に獣からもヒトからも脅かされ、隠れ里でひっそりと暮らしてきた。
大人になれなかった一族はやがて言葉を失い、孤独のまま朽ちていく。一族以外に受け入れる者はないのだからと一定の歳になった子供たちは里から出され、世の中を見て歩くのだ。コギツネはその道中に行き倒れていたのを拾われて救われた。本来ならそれは禁忌であり里に戻る許しは出ない筈だった。しかし監視役はコギツネの能力を高く評価していた。今の里長も期待していると聞かされては胸も踊るところだが、望みなど語った事のない人間の何を叶えてやればいいのか。コギツネには見当もつかなかった。
再会から数日。ついに真田が眠りから覚めてコギツネを視界に捉えた。
いてくれて良かったと零す涙にコギツネは息が詰まる想いだった。
まだ何もしていないのに何故泣くのかわからないと呟くと、わからなくてよいと頭を撫でられた。久しぶりの感触に眦が下がる。その身体が強張ったのは、庭先に監視役が佇んでいたからだ。
必要以上の馴れ合いは認められない。力のあるコギツネの存在を真田が覚えている事は一族に危険を及ぼしかねない。願いを叶った衝撃と同時に自分を忘れさせる事ができなければコギツネは里には帰れないのだ。監視役の瞳は冷たく、光を飲み込んだように昏くて底が見えなかった。
思いあまったコギツネはある日無意識に真田の望みを叶えてしまうが、その衝撃に病身が堪え切れず生死の淵に落ちてしまう。コギツネは哀しむ余り禁じ手を使ってしまう。一部始終を見届けた監視役は頭を振って姿を消した。
翌日、健やかに目覚めた真田はコギツネが言葉を失っている事に気付く。何があったのか知る術はないが、このまま二人で暮らしていこうと囁いて、かつてのように優しく抱え上げるのだった。

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