さなにおさなパラレル

□噂
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仁王には噂があった。
その日も廊下で仁王に話し掛ける同学年の男子生徒に頷いて二人でそのままいずこかに消えたが、戻る時はバラバラだった。
二人を相手にした時はさすがに動けなかったが、チャイムに急かされるように制服を直しながら走って行く姿に笑いが停まらなかった。それから、怠い身体を持ち上げようとして鋭い視線に気付き、顔を上げると漆黒の瞳がこちらを凝視していた。
濡れた白い脚を隠そうともせず、仁王は名前を呼んで手招いた。お前さんなら今からでも構わんきにどうや?と誘ってみたが首を振らず、落ちていた下着と制服を投げてよこした。
歩くのも億劫でゆっくり進むのに合わせてついてくる。無人の医務室に忍び込み、見せ付けるようにタオルで汚れを拭っても眉一つ動かない。
男は嫌いか?と聞いたが反応はない。俺が嫌いか?と聞いても返事はなかった。
そのまま授業が終わるまで医務室で休んでから部活に顔を出した。
大きな大会は終わっていたから身体を動かすばかりだったが、ここでも仁王は学年を問わず声をかけられ、何人かと約束をしたようで嬉しそうな顔に手を振って後は知らん顔を決め込む。毎日違う相手と身体だけのツキアイをしているのは校内でも公然の秘密になっていた。
あの副部長の耳にも入っていないハズはなかったが、それらしい動きもなく日々は過ぎていった。
ところが、試験休みを目前にした放課後、暴力を受けて放置された仁王が発見されて校内は騒然となった。
喉を潰され、顔面ばかりボコボコに殴られて一時は失明の危険もあったが仁王は知らない相手に殴られたと繰り返すばかりで何も言わなかった。
他にも頬を腫らした生徒がいたが、怯えるばかりで口をつぐんでいた。
風紀委員会は校内の巡回指導を増やす事を提案し、実施された。
仁王の怪我は見た目ほど酷くはなかったので順調に回復したが、家族は復学を望まなかった。担任から例の噂を聞かされたからだ。噂に過ぎないと言われても心中穏やかではなかっただろう。
見舞う者のいない病室であの日の事を思い返す。
いつものように誘われて、断る理由もなく事に縺れ込んだ直後に現れた犯人。
自分に覆いかぶさりっていた生徒を払い除けると喉元を掴み目の高さまで持ち上げられた。
どんな声音を使ってたぶらかした。この声が悪いと言うなら潰してくれると低い声で呟き、締め上げながら、見てくれに惑わされるなら目も当てられん姿にしてくれる。そのような不埒なモノは必要ないと容赦なく殴りつけた。
その悪夢のような光景に逃げ出す生徒の悲鳴以外に声は無かった。無言で拳を繰り出す真田は普段の彼を知る人が見れば別人と思うような様相で、仁王の口元には何故か薄く笑みが浮かんでいた。

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