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□「うちわ」
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ブログ小ネタログ

***



「うちわ」





「あっちぃ…」


そう言って俺の前の席に座ったギンは汗だくで、何してきたんだと聞けば「サッカー」とぐったりしながら答えた。

このクソ暑い中サッカーとかバカだろ、なんて言いつつ持っていたタオルをギンの顔に投げつければヘラッと笑ってそれを首にかけた。


「サンキュ、トシ」

「ちゃんと洗って返せよ」

「わーってるって」

「お前に貸すといつも返ってこねェから言ってんだろが!!この間貸したTシャツもまだだしなっ!!」

「あーあー…どれだっけ?」

「…テメェ、俺のTシャツ何枚パクッてんだこの野郎」

「ワリィワリィ、今度ちゃんと返すからさ」


小さな頃から仲が良かった俺たちは兄弟同然に育ってきたため、他の人と比べてその辺はかなりルーズになってしまっている。それでもまぁ、返ってくることは返ってくるからこのぐらいのやり取りで済んでいるのだが…


(あんまり持ったままにされんのも困ンだよな…)


返ってきたTシャツやらタオルが、やたらギンの匂いがして落ち着かない。

洗濯もちゃんとしてあって柔軟剤の香りもする。

それでも“ギンが持っていた”という匂いがするのだ。


(匂いって…俺は変態かっつーの)


自分でツッコミながら若干頬が熱くなるのを感じ、思わず下敷きをうちわ代わりにパタパタと顔を仰いだ。


「あーズリィ!俺にも!俺にも風プリーズ!!」

「ズリィってなんだよ、自分で仰げ自分で」

「いやもーギンさん下敷き仰ぐ気力もないよ、ヘトヘトのヨレヨレだよ」

「休憩時間のサッカーに全力注ぎ過ぎだボケ」

「なー…としー」


甘えるように俺の名前を連呼するギンと暫く押し問答を繰り返した結果、やっぱり先に折れるのは俺だった。

はぁ、と溜息をつくとパタパタとギンに風を送ってやる。

待ってましたと言わんばかりに風を受け、満足そうな表情を浮かべるその姿に思わず笑みが零れる。

なんだかんだ言っても俺はギンに甘えてこられると弱いんだ。

だって…


(コイツ、すっげー嬉しそうな顔すんだもんな…)


ズリィのはお前の方だと、ポツリと呟いた声はたぶんギンには届いていない。

そんなことを考えていたら不意に横から大きな声が聞こえ、目の前にピンク色の頭が現れた。


「ギンちゃんだけズルイアル!私も仰いで欲しいネ!」


俺とギンの間に頭を出し、風を横取りしようとする神楽にすかさずギンがその頭をどける。


「ダメですー今トシが俺のために仰いでくれてんだから。お前は向こうで沖田くんにでも仰いでもらってこいよ」

「嫌アル。私もトシちゃんがいいアル!」


まるで小さい子の喧嘩を見ているようだ。

何をそんなに奪い合わなければいけないのか不思議でならない。

俺が二人まとめて仰いでやれば済む話だろうに…


「ったく、静かにしろ!俺がまとめて仰いでやるからそれでいいだろが」


当たり前のことを言ったと思ったのに、ギンは少しムスッとしたあと「やっぱりダメ」といって下敷きを持つ俺の手を掴んだ。


「トシは俺専用なんだから、他の奴甘やかしちゃダメ。」


拗ねたようにそう言われ、不覚にもドキンと胸が跳ねた。


「トシに甘えていいのは俺だけ…でしょ?」


次いで問いかけられた言葉は先ほどとは打って変わって大人びた声色で…

ゾクッと背筋が震えた。

その艶のある視線と口元が俺の心をとらえて離さない。

掴まれた手首からじわじわと全身が火照り始め、心臓がドクドク脈打つ。


「…っ知るかそんなもん!」


これ以上は耐えられないと掴まれた腕を振り払い、キッとギンを睨みつければ、全てお見通しと言わんばかりの笑みが返ってきた。それを見て、また自分の頬がカッと熱くなる。

まるで自分の胸の内をさらけ出してしまったような気がしてならない。




お前を甘やかしていいのは俺だけ。



お前が甘えていいのは俺だけ。




そんなギンを独り占めしているみたいな言葉…嬉しすぎて心臓が耐えられない。


「トシ。顔真っ赤」


そう耳元で小さく告げられ肩が大げさに跳ねる。

咄嗟に反論しようと口を開くも、授業開始のチャイムが鳴り響いて教室は一気に騒々しくなり、ギンも自分の席に返ってしまった。



いつもと変わらぬ授業風景が広がる…

その中で俺だけがいつもより早い心音に心をかき乱されていた。



不意にポケットで震える携帯。



机の下でこっそり開けば、一通のメールが届いていた。

ギンからだ。





『次の休憩時間、いつものところ』





他の人が見たら意味などまったくわからない短い一文。

それでも俺には十分だった。


屋上へ続く階段。そこが“いつものところ”。

屋上へは出られないように施錠されているから、当然この階段も使用する人もいない。

俺たちがあんなところで何をしてるかなんて、誰も知らないだろう。

もう定番になってしまった逢引場所は想像するだけで心臓がドクンと音を立てる。


こうやっておねだりして甘えてくるから…

俺はまた甘やかしてしまう。



それは“ギン”に対して?それとも“自分”?



という心の疑問に無視を決め込んで、一言だけの返事を返す。





『わかった』





早く授業が終わればいいのに…


逸る気持ちを抑え込むように携帯をギュッと握りしめてノートに筆を走らせた。





end

2012/8/9 執筆





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