文庫
□うつつ
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目を覚ますと生ぬるい風が頬を撫でていた。
昨夜の事が思い出される。
いつも足音をたてずにやってくる"彼"は珍しく酒瓶など持って。
「泊まる」
「は…」
一瞬何を言われたか分からなかった。
何事も無かったかのように敷物をひょいと持ってそこに座る。私の方へ酒瓶を押しやり、目でものを言う。
暫く見つめていたが、流されるのはまずいと思い、止まっていた手を動かした。
彼は手酌を始めたようだ。後ろからコクリと酒を呑む音が聞こえる。
「御前は」
突然声を掛けられて、筆を持つ手が止まった。
「いじらしい奴だ」
普段より機嫌の良い声が空気を震わせた。