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□光とともに
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…迂濶だった。明らかにボクのミス。
いつかこうなることは…わかっていたはずなのに…
〜光とともに〜
清継君に呼び出され、妖怪脳に書き込みがあったという妖怪スポットを訪れた帰り道。報告にあった通り妖怪はいたけれど、別に危害を加える類いのものではなく…ボク達は休日の妖怪見学を終え、日が暮れた道を歩いていた。
「…ホントに家まで送ってくれるの?」
「うん!だってもう時間も遅いし…」
「でも、それじゃリクオ君が帰るのが遅くなっちゃう…」
「いいの!!こんな真っ暗なのにカナちゃん一人で帰らせる訳にはいかないよ!」
時刻は午後8時を回ったところ。街灯が少ないことも相まって、闇は一層深さを増している。…もちろん、カナちゃんを送って行く理由は“夜道は危険だから”というのもあるけれど、それ以上に…今朝から消えない“嫌な予感”が、僕の体を動かしている。数時間前までは、清十字団での遠征先でなにかトラブルが起こるのでは…と身構えていたのに、拍子抜けする程にあっさりとその幕は降ろされた。つららは先に食事の支度のために家へ戻り、みんなと駅で別れた今…“嫌な予感”のベクトルは全て、カナちゃんへと向けられている。
「そ…そう?それじゃ…お願いしようかな」
「…うん」
『なにが起きても…絶対に守らなきゃ』
…カナちゃんだけは…絶対に。
「今日会った妖怪は可愛いかったね。ずーっと笑ってたし」
いつもは妖怪の事を怖がっているカナちゃんが、さっき出会った小豆を持つ毛がフサフサした妖怪はお気に入りの様子。
「…あんな妖怪知らないなぁ…まぁウチの組じゃないんだろうけど…」
「…?リクオ君…なんのこと?」
「えっ!?あ…なんでもないよ!!ハハ…」
「…?」
怪訝そうな顔でボクの顔を見る。
『マズイなぁ…話を逸らさないと…』
「そっ、そういえば…宿題終わった?ボクまだ手も付けてなくて…」
「…なんで急に話題を変えるの?」
「うぅ…べ、別に深い意味は………えっ?」
『!?間違いない…これは…妖気!!』
「…?…どうしたの?」
ボクが言葉を切り、真剣な表情で辺りを見渡す姿を見て、カナちゃんもなにかを感じ取ったようだった。
『…正面から近づいて来る…』
「…カナちゃん…ボクの後ろに隠れて」
「えっ?…どうして…?」
「…お願い」
「う…うん」
妖気を隠そうともせず徐々に距離を詰めてくる相手に…ボクの脳は“危険”という判断を降した。
街灯に照らされ、妖気を放つそいつは姿を見せた。
「…奴良…リクオだな?」
『!?…こいつ…なんでボクのことを…?』
「…リクオ君の知り合い?」
小言で問いかけるカナちゃんに、ボクは小さく首を振った。見た目には完璧に人間にしか見えないけれど、その妖気は…生半可な妖怪のそれではないことがすぐにわかった。
「命を貰いに来た」
「…誰か知らないけど、キミに命を狙われる覚えはないよ」
「天下の奴良組若頭が…なにを寝惚けた事を」
…どうやら組同士の争い事らしい。
「…どこの組?」
「わざわざ敵に情報を与える程私は御人好しではないさ。…さぁ、お喋りはこの位にして…始めようか!」
相手が臨戦体制に入ったことを見届けると、ボクは祢々切丸を手に取り…戦う覚悟を決めた。
「リ…リクオ君…その刀は…?」
「カナちゃん…逃げて」
カナちゃんからの質問には答えずに、前を向いたまま逃げるよう指示を出した。
「…嫌。リクオ君だけ残して逃げられないよ」
…なんとなく拒否される気はしていた。カナちゃんは少しだけ頑固なところがあるから、ボクもそれ以上言うことはせず…
「…わかった…それじゃすぐに終わらせるからね」
と、強がってみせた。本当はすぐにでも安全なところへ逃げて欲しいけれど…言い争いをしている場合ではない。
『この姿のままで…勝てるのかな』
その時、妖怪の腕が伸び…ボクは刀でなんとか攻撃を逸らす。逸らした手はボクの顔を掠め、頬から血が流れた。
『こいつ…強い!?』
「お前のような中途半端な妖怪に…負けるわけがない」
「…くっ!」
「リクオ君…大丈夫!?」
「う…うん!大丈夫だから…カナちゃんはちょっとだけ目を瞑ってて」
きっとこの戦いは…凄惨なものになる。
今度はボクから妖怪の懐へ飛び込み、刀を振るが…簡単に避けられてしまう。
「…どんなに悪足掻きをしようと無駄だ…お前では俺に勝てない。その女共々楽に殺してやるよ」
その言葉を聞いた瞬間…ボクの中で…血が騒ぐのを感じた。
「…誰を…どうするって?」
血が…熱い。
「…?…な…なんだこの妖気は…!??なにが起こっている!?」
「リ…リクオ…君?…どういう事…???」
「…ボクだけで充分な筈だろう?」
「……これが…奴良リクオの本当の姿か…。…だが所詮は妖怪の血が混じった、ただのガキだろ!?」
再び伸びる奴の両腕を、一振で切り落とす。
「なっ!?」
「…誰をどうすんのかって聞いてんだよ」
「ひぃっ!?」
カナちゃんは落ちた腕に驚き目を伏せると…耐えられなくなったのかやっと目を閉じてくれた。
「この俺が!こんなガキに…」
両腕を失ってなお立ち向かって来る相手を…俺は躊躇うことなく頭から一刀両断し、この戦いを終わらせた。
「…こんなガキでもな…簡単には死ねねぇ位、色んなもんを背負ってんだよ」
…カナちゃんが目を閉じていてくれて良かった…この惨劇を見せるのは、あまりに酷だろう。
しばらくするとその妖怪の亡骸は、水のような液体へと姿を変えた。
戦いを終え、俺はその場に立ち尽くす…衝動的とは言え、取り返しのつかないことをしてしまった。声のない静寂が、さらに心を締め付ける。
少し前まで煮えたぎるように熱かった血が、今では凍る程に冷たい。
「…リ、リクオ…君?」
カナちゃんに会わせる顔がない…なにを伝えるべきかもわからない。
「カナちゃん…ごめん!」
「えっ!?ちょ…ちょっとリクオ君…」
ボクは一度もカナちゃんの顔を見れないまま…その場から逃げだした。
…きっとこれが…カナちゃんとボクの最後の会話になるだろう。
…抵抗しても、この血には抗えない運命…この瞬間に、ボクは人として生きる意味を失った。