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□最愛の良薬3 R15
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戦場の空気は嫌いだ。滑り、淀む土の香りが鼻につく。そしてそれ以上に血水を見るのに耐えられなかった。
それにこの山崎という地、どこかおどろおどろしく何か得体の知れないモノが潜んでいるような気がした。
「歩様!あちらに重症な者が運ばれて来ました」
「わかった!直ぐに向かうよ」
久々の戦場というわけでもあるまいに、相変わらず気分は最悪である。もう何度も戻してしまっていた。僕が居るのは実際の戦場ではなく応急所なわけだけれど……。
急いで言われた患者の元に駆けつける。そこには腹部を刃に貫かれたらしい兵が苦しそうに呻いていた。出血は多いが運よく急所を外れ、命を長らえているようである。
「これは酷い……ですが致命傷にはなりません。安心してください」
僕の言葉に兵は弱々しい笑みを浮かべた。
「有り難い……俺みたいな一兵卒のために……」
「何言ってるんですか!命の重さは皆等しいものです」
そう、身分が高かろうと低かろうと大怪我を受ければ死ぬ。その点おいて人は残酷にまで等しい。
男は有り難や、と涙を浮かべた。
「敵に囲まれたあの時はもう駄目かと……しかし三成様がご加勢下さって」
「三成様が?」
思わぬ所に出てきた主の名前に目を丸くする。
ちなみにこの度の戦に秀吉様と半兵衛様の姿は無く、全権は三成様と家康様に任されている。戦の指揮を採らねばならないお二人は忙しく、最後にお姿を見たのは出陣の直前だった。
男は頷き拝むように手を合わせた。
「貴様は豊臣の兵だ、死ぬことは許さないと……恐ろしい方だとばかり思ってましたが……」
僕はクスリと笑った。三成様らしい言葉だ。
「そうです、三成様は恐ろしいばかりの方では無いんですよ。あの方は誤解を招きやすいだけで……」
何故か唐突、三成様が涙を流す僕を抱きしめたあの日が思い出されて僕は顔を赤くし口を噤んだ。
三成様に抱いていた感情が恋慕だと気がついてからは悶々とした日々を送っている。まさか堂々と「あなたが好きです!」などと家康様ではあるまいし言えなく、第一相手は主である。というかそれ以前に男である。
側に居ることを許して頂いてるだけでと有り難いとわかっているのだが……。
「お医者……?」
訝しげな顔をする患者に慌てて我に返る。
「しっ暫くは安静にしてて下さい!また様子を見にきますね」
患者から見えない所まで足を運び、はぁと息を吐く。
今頃三成様はどうしてるだろう。あの方の怪我の心配なんて無用だってわかっているけど。
こんな時に、刀を握れない僕はとても無力だ。三成様や家康様のような力が僕にもあれば……。
そんなことを思いシュンとしているとドンッ!という凄まじい地響きが聞こえてきた。何事かと音の方を見るとそこには戦国最強、本田忠勝が佇んでいた。そしてその背から家康様が飛び降りてくるのが見える。家康様は誰かを背負っているようだった。
「誰か!解毒剤を持っていないか!」
どうやら誰かが毒を受けたようだ。毒矢でも受けたのか?
「家康様!」
僕が声をかけると家康様はホッとしたような顔をしてこちらに駆け寄ってきた。
「歩、助かった!力を貸してくれ」
「ええ、今すぐ治療を……」
僕が薬物を取りに行こうとするとその手を家康様が掴んだ。
「そうではない!」
「……え?」
訝しげな顔をする僕に家康様はいや、こいつの治療もそうなんだが、と苦しそうな兵卒を見て慌てて言った。
「歩、一緒に来てほしいんだ」
「……はい?」
事態が丸で飲み込めない僕に家康様はいつになく真剣な顔で僕を見た。そこにはいつもの家康様らしい朗らかさや穏やかさの欠片もない。僕の名前もちゃんと言えてるし。
「手短に言うと三成が変態につれていかれた!助けるにはお前の力が必要なんだ、ハシルゥゥゥゥ!」
「えっ……え、ええ!?」
一体全体どういうこと。