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□甘味中毒
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甘さは、人の理性を鈍くする。
「元就殿!」
一寸の計算もないその笑顔が、鉄壁の理性を揺るがす。
もう来るでないと言ったのに………。
我の方に走りよる様は、まるで犬。
しかし何故か無様な飼い犬風情が、と罵る気にはならない
「元就殿!かような所にいらしたか!」
真田幸村は甲斐の虎の飼い犬。甲斐が天下統一のためこの中国を攻める可能性を考えれば、今瀬戸内海の藻屑とするが上策。
「元就殿、佐助が上手い甘味屋を見つけてきたのでご一緒してくださらぬか」
裏表のない笑顔。かつて1人だけそんな顔を我に向けてくれた姫が、瀬戸内海を挟んだ向こう側にいた。
しかしそんな姫若子も今は一国の主。姫若子は、もはや姫ではない
あいつは変わった。
しかしそれは致し方無いことだろう。
時は戦国。空模様は次々と変わる。
今の友は、明日の敵となる。
己だけを信じるのが我が身を心身共に守る最も良い策であろう
……しかし
「元就殿……?どうなされた?」
たまに、無性に胸が熱くなるのだ
触れたい、優しい言葉で喜ばせたい
愛したいと
………この犬を見るたびに
「元就殿…………」
反応がない元就を心配そうに見つめる幸村を、つい抱きしめた
幸村が驚いた顔をする
幸村は今の我の行動をなんて思ったのだろう。
それは我にも計算できない。
離れるな、と囁いた
時は戦国。
天下も、人の心も次々に移りゆくものなのだ。
だから、どうかこの一時ぐらいは理性を失って素直に……
甘い口づけを交そうぞ
終