Die arzte

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名無しさんは、この船に雑用として乗っているわけではない、戦闘員として乗っている。
そもそも、この船には雑用係という者はいない。掃除などの環境整備や見張り・船番などは持ち回りでやっている。



「………またやってんのか」

「あ。せんちょー、お疲れっすー」



クルー全員分の、大量の洗濯物を横に置き、たらいに手をつけて作業をしている名無しさんは、背後から声をかけたおれを振り向き、間の抜けた声を出す。

大分昔。名無しさんがまだこの船に乗っていなかった頃は、この洗濯という作業も持ち回りでやっていた…と、思う。それを入って間もなかったこいつは、『あたしやります!いつも全部!』と元気良く挙手し、『女子っすから!』と、親指をぐっとたてた(小指をたてるべきではないのか)。

おれはこの海域にくるまでに何人か女の海賊を見てきたが、そのどの女とも名無しさんは違っていた。海賊やってたりなんかする女は、みんなどこかアクが強く気が強く、女風情と虐げられてきたからか自らを女扱いされることを嫌う。
あまり外見、女として気をつかっていなそうなコイツも、最初はそういった人間だと思っていたのだがそうでもないらしい。



「せんちょーの洗濯物でてないですよ?あります?」

「あぁ………あるな。勝手に部屋入ってもってけ。」

「了解でっす」



名無しさんは、たらいにつけていた手を一旦タオルでふきとり、立ち上がり少し伸びをした。肩に手をやり少々の溜息をこぼす。
この船のクルー全員分の洗濯を一人でやっているのだ、肩も凝るだろう。
少しは分担でもすればいいものを一人でやっているのは、一応この船唯一の女のクルーだからだろうか。
女の自分の洗濯物を、仲間とはいえ男がやるのには抵抗があるのかもしれない、一応。

おれの部屋へと向かう名無しさんの背中から目線をはずし、おれはおれでそういえば用事のあったペンギンの部屋へと向かう。
意識はしていなかったが、去っていった名無しさんから、鼻歌まじりの歌?が聞こえてきた。



「ふふんふんふ〜ん♪せんちょ〜のパンツ〜♪」

「……ちょっと待て。」



振り返った名無しさんは「はい?」と、聞き返してはいるが、満面の笑みだ。
その表情にもう嫌な予感しかしない。



「お前………なんで洗濯を全部一人でやってる?」



聞きたくないが聞いてしまった。
気付きたくもなかったが、気付いてしまったら聞かなくてはならなかった。
名無しさんは愚問とばかりの表情で、なぜか小指をたててふんぞり返った。



「そんなの、せんちょーのパンツと堂々と戯れられるからに決まってます!」



いや、そこは、親指をたてろ。



「………ペンギンに、今度から洗濯は持ち回りでやるように言ってくる。」



そうだ。そうだった。おれはペンギンに用があったんだった。(別の用だがこの際もうどうでもいい)
足早にその場を離れようとするおれの腰あたりが重くなる。ひっつく名無しさんを切り刻んでやりたい。



「わ、私の生きがいを取り上げる気ですか!?」

「他に生きがいを見つけろ。お前ならやれる。」

「…あ、なんか出来そうな気がしてきた……?いや、そうじゃない!そうじゃないんです!」



先程より力強く引き止める名無しさんの話を一応は聞いてやろうと立ち止まる。
名無しさんはおれの腰あたりを掴んだままで見上げてくる。



「………私のし…、下着とか、も、あるんですけど……」



名無しさんがまともな事を言っていることに、少々目を見張る。
本当に一応そんな感情はあったのか。何度も言うようだが、一応。



「それに………多分、匂いでバレますよ、せんちょーが中出s…、痛!!」



名無しさんの頭にチョップを食らわせることで遮った。
殆ど全部言っていたが。
結局この変態に全て任せるしかないという事実に、ため息しかでない。おれはこの変態のどこがよかったんだろうか…謎だ。



「……ペンギンにでも聞いてみるか…」

「え!?何を!?洗濯を?」



会話がかみ合わないまま、ペンギンの部屋へ向かうおれを名無しさんは呼び止めるが、歩みを止めずに洗濯はお前がやれとだけ残す。



「やたー!せんちょーあいしてるーーー!!」

「あぁ。知ってる。」



背後でさけぶ名無しさんの台詞はいつも通りのものだった。



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