□0626
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「ねぇ、にーや」
「ん?」


でた。
咲人の甘えた声。
[にいや]ではなく[にーや]と呼ぶときは、たいがい甘えたいとき。
もしくは(前に2.3回あったんだけど)すげえ怒っているとき。
(あんときは怖かったな)
まあ、今回は前者だな。


「6月26日ってなんの日でしょう?」
「26?知らねー」
「あ"?」
「(え、怒ってる!?)な、なんだろうね;」
「怯えないでよ、ヘタレ」
「ごめん…で、なに?」


少しずつ険しくなる咲人の顔を見て、怯えない人間がいるんだろうか。
わからないものは仕方ない。
うんうん、仕方ない。
どうせ咲人の豆知識披露だろ?
はやく、言えっての。


「ヒント1、新弥の誕生日は23日」
「俺の誕生日?」
「ヒント2、俺の誕生日は29日」
「ん」
「わかってくれた?」
「わかんねぇや、何かあんの?」


ぶち。
そんな効果音がちょうどいい咲人の顔。
かなり怖い。


「ふう、仕方ないね」


あれ?
溜め息をひとつついた咲人の顔はいつもの顔に戻っている。
普段ならこのあたりで本気でキレるのに...


「新弥、指かして」
「?」
「はい、自分の誕生日を指して」


壁にかかっていたカレンダーを外し、俺のところに持ってきた咲人。
言われたままに、23日を指さす俺。


「新弥は23を指してるね、俺は29」
「ん、わかった」
「じゃ、1コマ進んでよ」


指を横にスライドさせて24へ。
同時に咲人も28へ指を動かした。


「はい、もう少しだね」


あ、こいつ怒ってないわけじゃない。
本当は凄く怒ってるけど、それ以上に悲しんでいる。


「もひとつ」
「25と27」
「じゃ、これで最後だ」


最後に指をスライドさせると、俺と咲人の指が同じ日を指した。

6月26日、問題の日。

ああ、咲人の言いたいことわかった。
俺はなんて鈍感なんだ。


「……」
「咲人、ごめんな」
「…気づけよ…馬鹿…」
「6月26日、俺と咲人の日だな」
「俺、この日が楽しみだったんだから」
「デ、デートしよう!咲人の好きな店巡って、好きなもの食べて、なんだってす
るから!」


みっともくて、情けない姿ってことぐらいわかっている。
だけどこのままじゃ、咲人に嫌われる…
それよりも、咲人のことを悲しませたままにすることに酷く罪悪感を覚えたんだ



「ほ、んと?」
「ああ!なんだってやるから、だから…」
「嫌いになんてならないよ、絶対に」
「!」
「だから、そんな不安な顔しないで」


咲人の冷たい右手が俺の頬に触れた。
冷たいはずの手なのに、何故か暖かい。
触れられた部分からどんどん暖かく感じる。
まるで、咲人から熱を奪っているみたいに…


「、お前も!」
「!?」
「俺のせいだけど、調子こいてるけど…そんな悲しそうな顔しないで」


咲人から熱を奪っているだなんて、怖くなって右手を払いのけてしまった。
だけど、その右手をぎゅっと握る。
今度は俺から咲人に熱を…


「俺、悲しそうな顔してる?」
「…してる…」
「、このせいだ」


ぐい。
咲人はあいている左手で自分の頬をつねった。
慌てて、それをやめさせる。


「咲人!」
「、俺の表情のせいでっ、新弥も、」
「ばっか、やめろ!」


俺を見上げた咲人の目は、更に悲しそうで、俺は心臓をグッと掴まれたような苦
しみを感じた。


「咲人、もう大丈夫だよ」
「にぃッ…やあ」
「曖昧にするのはあんまり良くないけど、な?」
「ふ、新弥かわいい」
「かわいい!?」
「必死な新弥はかわいい、でもカッコいい」
「どっちだよ(笑)」


柔らかい笑顔の咲人。
ああ、俺は少しは悲しみを取り除けたのかな?


「26日、絶対だよ」
「ああ、約束な」
「最高のデートプランよろしく、つまんなかったらお仕置きだから」


さて、どうすっかな?
あとひと月弱の『約束の日』の予定。
咲人のいなくなった部屋で、ひとり腕を組む。

とりあえず、足元に転がっていた咲人のボールペンで、カレンダーにグルグルチ
ェックだな。

(あ、インクがピンクじゃん)

咲人がいないことを再確認し、口元に手を添えた。

右手に当たる、やや上がった口角。

静かなリビングには、

柄にもなく、

ピンクのボールペンを握って、

笑っている俺がいた。




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