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□ぐるぐるまきまき
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これも訓練



熱々のお茶も零さずに出した。夕暮れのおやつにと美味しい羊羹も用意した。自室に入って正座をしている彼は喜んでいるようだ。眉間に皺を寄せて感動するほどに。機嫌上々だ。この様子だったらどんな頼みも聞いてくれるに違いない。

「あのう、利吉さん」

返事がない。羊羹の甘みに夢中で話せないのだろう。礼儀正しく正座をして僕は続ける。

「もしよろしければ、利吉さんを縛らせていただいてもよろしいでしょうか?」

「いいわけないだろう!!」

顔を真っ赤にして怒られた。一瞬頭が数倍大きくなったような気がする。舌が手のようになって僕を指差していたような気がする。あくまでも『気がする』。
おかしいな。美味しいものでも出してお願いすれば九割成功する、ってくのいち教室の子が教えてくれたのに。あ、頭の良い人にはなかなか効かないとも言っていた。彼は頭の良い人だった。だから一割の失敗になってしまったのだ。

「利吉さんは頭がいいですね」

「馬鹿にしていたの?」

拳骨。




「で、なんで縛りたいの」

「えーと、縄で」

「そんなことは聞いていない!!どうしてなのか聞いているんだ!」

「ひゃあああああ!!」

怒鳴らないで下さい怖いから。僕の気力はもう零に近いです、点滅状態です。
思わず頭を下に向けてしまう。涙でうるうるしてきた。

「うっうっ……忍者に、なるために、捕縛の練習を、したい、んです」

昼休みのことでした。捕縛をするためには捕縛される相手が必要でした。だから親切な一年は組の良い子たちに助けてもらいました。一人ずつ順番に縛っていきました。ちゃんと手首の関節を背中にまわしてです。けれども!彼らは全員脱出できたのです!なぜかどうしてか摩訶不思議でした。しんベヱ君まで軽々縄を解いたんです。みんな揃って言いました。

「これじゃあ駄目ですよ小松田さんって……」

衝撃を受けた。一年生にも敵わないなんて。どうして僕は忍術学園に通わなかったのだろう!そうしたら今頃立派な忍者になったかもしれないのに。
お城から引っ張りだことは言わない。せめて、でもしか君のような優秀な忍者になりたい(本人になりたいとは思わないけど)。
利吉さんは腕を組んで悩んだ後、何かを思いついたかのようにほんの一瞬にやりと笑った。そして僕を見てにっこり微笑む。僕はこの顔を知っている。営業すまいるというやつだ。

「わかった、手伝ってあげるよ」

「ほんとですか!?ありがとうございます!」

現役エリートフリー忍者から教えて頂けるなんて凄い!これは完璧にならなくてはならない。そして出来るようになったら一年は組の子に見せよう。僕の急成長に吃驚するはずだ。
いそいそと箪笥から麻や藁で編んだ新しい縄を取り出した。それを十分な長さに切る。使用後はいつも短くなって結べなくなるのだ。
どきどきしながら彼の両手を掴んだ。骨張った男らしい手。細長い指。これで百発百中の手裏剣を飛ばすのだ。

「どうしたの?」

「いえ!いまやります」

見とれていたなんて言えない。集中集中。彼の気がいつ変わらないうちにやらなくては。
彼の手を後ろに回して縄でぐるぐる巻きにし、縛った。確認。これで完璧。彼の顔を正面から見る。

「どうでしょうか?」

彼は少しだけ腕を動かそうとした。しかし外れない。関節外しをしているわけではなさそうだ。
彼と目が合う。ニヤリと整った口に笑み。

「甘いね」

一瞬で縄が解けた。
しっかり縛ったはずだ。確認もした。そんな直ぐに解けるはずがない。

「じゃあ、私が手本を見せてあげよう」

困惑している僕に近づく。何やら楽しげだ。悪巧みでもしているような。

「実際にその身で体験したほうがいいよね」

返事をする前に衣服を脱がされた。
素肌に触れる手。脇腹、胸、背中、首、頬、そして髪を解かれる。
これも捕縛のやり方なんだ。そう心の中で唱える。しかしその手が自身に触れると黙ることはできなかった。

「利吉さん、やめてください!」

「君に何が足りなかったか分かる?」

止めようとした手を掴まれて後ろにキツく縛られる。身動きができない。

「身体検査だよ」

ちらりと苦無を見せられた。ああ、そうか。隠し持っていたんだ。
突然目の前に彼の顔が現れた。口内に生温かく柔らかい何か。歯の裏をなぞる。
なぜ接吻をする必要があるのだろう。
ゆっくりと唇が離れた。息を整えて発言する。


「口の中に何も隠していませんよ?」

「君は空気を読んだほうがいい」




彼の腕の中で目を覚まして、僕は学んだ。
捕縛するにはまず相手を全裸にしなくてはいけなかったのだと。
君は何も理解してないと殴られた。



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