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□真っ赤な景色
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入門票にサインして下さいと頼んだら、あなたのような人を探していたと言われた。



僕よりも背が低い老人は整った身なりで、偉い地位だと一目でわかった。人の良さそうな顔が口を動かす。我々の城で働きませんか。それは事務員としてですか?いいえ忍者としてです。でも僕は手裏剣すら上手に投げられないのですよ。かまいません、我々が教えます。さあ、さあ、と段々言葉が強くなる。断る理由はない。はいと頷くと退職届を渡された。これを提出してすぐに出発して下さい、一分一秒と無駄にはできないのです。分かりました!箒を置いて学園長のもとへ走る。何故退職届に僕の名前が書いてあるのかなんて考えもしなかった。
森の中を歩き、山を登り、門を通って城に着く。優しそうな殿様にご挨拶してから忍の長に会う。長は覆面を巻いていて顔が分からない。お前の任務は単純だ。はい。殿の命を狙う者を殺す、殿の敵を殺す、侵入者を殺す、それだけだ。……はい。お前は人の殺し方を知っているか。僕は首を振る。習ったことも無く、教えようとした人もいない。忍術学園の上級生なら知っていると思うけれども、僕は生徒ではない。では私が教える、ついて来なさい。はい。
連れられた先は近くの農村。鍬を持つ村人を見てちょうどいいと木の上から長が呟く。懐から刃物を取出し、僕の手に握らせた。小松田、この小太刀で彼を殺しなさい。何を言うんです、あの人はただの農民ですよ!違う、敵だ。手が痛いほどに握られる。あれはただの農民に見えるが実は反乱軍の一人、殿の命を狙う者は殺さなければ。殺す、と長は簡単に言う。僕はただただ震えて、小太刀を握りしめるので精一杯だった。怖いのか、では私が見本を見せよう。長はあっという間に農民に近づき、横から刀で首を切った。農民は叫ばず、いや叫ぼうとしたのかもしれない、口を開けたままごろりと頭が転がった。 血が水のようにじわじわと地面に広がる。長が表情を変えずにこちらを見た。心臓や首を狙いなさい、相手が素早いときは手裏剣で脚をやってから殺しなさい。僕は恐怖で頷くことしかできない。どうしてこの人は躊躇いもなく殺せるのだろう。忍だからか。他の農民が異常に気付いてこちらにやってくる。鍬や鎌という凶器を持って。さあ次はお前の番だ。長は僕を見る。ずっと僕を見る。農民が木の下に来たとき、僕は木から落ちてしまった。感じる殺意。ある農民が鍬を振り上げた。殺される?今ここで?小太刀を強く握る。懐に入り、心臓を刃でぐるりと抉った。後ろに倒れる農民。地面に着いた瞬間、他の農民が怒りの声をあげる。無我夢中に、何かに操られたかのように、農民の喉笛を掻き切り血を浴びる。農民の首を切り裂き血を浴びる。切って、抉って、掻いて、裂いて、折って、切って。気がつけば赤い水溜まりの上に長と僕だけが立っていた。息があがって苦しい。小太刀を持つ手は真っ赤。顔についた生暖かい液体も真っ赤。長が上出来だと誉める。僕は顔を歪めた。目が潤んで手をあてる。それでも手は赤いまま。涙だったのか血だったのか。ごめんなさいと言いたいのに口からでない。許されない。戻れない。叫んで叫んで狂うくらい叫んで、おかしくなるくらい叫んで、壊れるくらい叫んで、長が明日も殺しなさいと動じずに言った。



真っ赤な景色に真っ赤な手のひらを思いだす。彼もこんな手だったのだろうか。彼の隣に並びたいだけなのに、どうしてこんなに手が赤い。
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