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□棚に湯呑みが二つ
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 湯呑みが真っ二つに割れた。



 愛用していたのに……とため息。何度か落としていたからきっとヒビが入っていたのだ。吉野先生から休みをもらって町まで買いに行こうかな。すっと腰を上げると同時に誰かが学園に入った気配がした。お仕事が優先だよね。入門票を持って外へ出る。入門したのは彼だった。サインお願いしますと言う前に取られて山田利吉と書かれる。山田先生は校外実習で帰りは夕方になります。別に構わない、私は君に用があって来たんだ。わたしにですか?珍しい。わたし達は恋人同士だったけれど、彼はいつも山田先生や学園長が目的でわたしはついでだと言われていたのだ。嫌かい?いいえ、嬉しいです!喜びを隠さずに声をあげた。
 湯呑みはお客様用のが一つ、彼の前にある。お菓子はない。切らしてしまっていた。君はお茶飲まないの?湯呑みを割ってしまったんです。ああそうなの、とお茶を飲む彼。湯呑みを置いて口が開いた。忍者になるの諦めなよ。嫌です。何度も忍に向いていない、才能がないと言われている。それはもう誰からも。会いに来た理由がそのことならば喜びは消えてしまった。忍者は危険な仕事だ、それをわかっているのか?知っています、傷だらけで帰ってきた生徒をよく見ましたから。彼は首を振る。生きていればいいほうだ、忍者は些細な失敗で死ぬ。死ぬという言葉に震える。改めて言われなくても危険な仕事なのは知っていた。けれどこのあたたかい学園は死と関係のない場所のような気がしていた。死に近い職業。忍者になることはわたしの夢。わたしは諦めません。諦めるべきだ。諦めることはできません。君なんかがくのいちなったらすぐに死ぬ、何でそこまで拘るの。どうしたら彼に伝わるだろう。そっと息を吸って吐いた。
 乱太郎君のお父上とお母上を知っていますか?そう、由緒正しい平忍者の。ある時任務中に失敗してお父上が捕まったことがあったんです。そしてお母上は乱太郎君と協力して助けに行きました。こういうのって忍者ではないとできませんよね。女性は武士にはなれません。農民は畑を耕し、商人は商いをする。精々これくらいでしょう。あなたは危険な仕事をしています。わたしと違って優秀なことは知っているけれど不安なんです。もし帰ってこれなくなってしまったらって。そう思っていてもわたしには何もできません。ただただ学園であなたを待つだけ。でも忍者のように力があれば、助けに行くことができます。確かにあなたが言うようにすぐに死んでしまうかもしれない。でも帰ってこれないあなたを待つよりずっといいです。だからわたしは忍者になりたいんです。
 彼はため息を吐く。何を言ってもやめないんだね。はい。だったら、湯呑みを買いにいこうか。ほぇ?どうして湯呑みが必要なんだろう。恐らく納得してくれたのだと思うけれど、湯呑みは関係のない気がする。これから頻繁にここに帰るのだから、お客様用は使えないだろう。もしかして利吉さん……。長期の危険な任務はしない、一週間に一回は必ず君に会いに行くよ。わたしを忍者にさせないために?そんなこと気にするんじゃない、行くよ秀。わたしの手を引っ張る彼の手は、わたしのよりずっと大きかった。



 町で湯呑みを二人で探す。紺と赤の色違いの湯呑みがあった。紺のほうが一回り大きい。夫婦茶碗みたいですねと言うと彼は少し赤くなって耐えるような顔をする。嫌だったのだろうか。でもその湯呑みを買っていたのでよく分からない。それはまあ置いといて、わたしは彼とお揃いの湯呑みが手に入って嬉しかった。

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