Nin

□過去拍手2
1ページ/4ページ

夢の国の魔法。



暑い日射し。帽子を持ってくればよかった。開園時間まであと20分、彼は暇ではないらしい。パンフレットをずーっと読んで楽しんでいる。昨日テレビでここの遊園地が紹介された。紹介といってもこの遊園地は行ったことが無い人のほうが少ないのでいつもと違う楽しみ方をやっていたのだった。隠れネズミ探しはもうやってますよね利吉さん、と彼を見ると首を振られた。

「明日はネズミ海(遊園地の名前だ)に行こう」

それからトントン拍子で進みここにいる。まさか彼がネズミ海に行ったことがないとは思わなかった。腕を引っ張られる。もうすぐ開園だよと教えられた。ちょっと彼が笑っている。僕もつられて笑った。

「何から乗るか決めましたか?」
「ああ勿論。新しいアトラクションから乗ろう」
「えっ」

新しいアトラクションはお化け屋敷のような雰囲気で、乗ったエレベーターが落ちると聞いている。写真も撮るらしいのだけれど、正直に言って嬉しくない。恐怖で歪んでいる顔をなんて見られたくない。彼はこういうの得意だっただろうか。ホラー映画は大丈夫みたいだった。ぬるいとか言っていた(僕は怖くなって一時期一人でお風呂にすら入れなくなった)。絶叫マシーンは得意だろうか。もしかしたら彼の怖がる顔が見れるかもしれない。

「小松田君開いたよ」

ぐいぐいと腕を引っ張られる。門の中は日本にいるとは思えない世界が広がっていた。水が流れていて、船があって、小さな火山が噴火している。建物は細長くカラフルでテレビで見たヴェネツィアのようだった。引っ張られながら進んで景色が変わり、目の前に古そうな背の高いホテルのようなものが見える。入り口にある看板が20分待ちと丁寧に恐怖への待ち時間を教えていた。ここでの20分は短いほうだ。並ばないはずがない。怖いなら手を握ってもいいと彼が言ったので遠慮なく腕にしがみついた。本物ではないと分かっているけれど震えるのだ。何故周りの人は笑っていられるのか理解できない。中に進むとスフィンクスの顔やエジプトのミイラの入れ物みたいのがある。悪魔の像が動きだしそうで怖い。そしてとうとうエレベーターの前に来てしまった。

「……利吉さん、僕やっぱり無理です」
「ここまで来て何言ってるの」
「だって怖いです!心臓に悪いです!」
「大丈夫大丈夫。死んだ人はいないから」

そういう問題じゃない!目が潤んできた。椅子に座ってベルトを締める。これが命綱。彼と指を絡め堅く握った。空いている片手は手すりを強く掴む。すーっと上がって上がって上がってドアが開いた。綺麗な景色……なんて感動してる暇はなく、一気に力抜けるような落ちる感覚がした。実際に落ちた。握る手に力がこもる。

「うわああああああ、うわあああああ、うわあああああ!!」

叫ばずにはいられない。他の人もきゃああと大声をだしている。隣から笑い声が聞こえたような気がする。早く終わって!地に足を付けたい!うわあああん!!ああああ……。

「お、終わった?」

よかった!よかった!ベルトを外して椅子から降りる。涙が止まらない。霞んで前が見にくかった。出口までふらふらと歩いて撮られた写真を探す。怖がっている顔の隣に楽しそうな彼がいた。

「何で笑っているんですか!」
「だって君の怖がる様子が面白くて。手を握られるのも嬉しかったし」



彼は気に入ったみたいでファストパスも取っていた。どうやって忘れさせるか考え中だ。それはさておき、売店で買ったネズ美の耳は彼によく似合っていると思う。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ